成長してます1
教室で切々とした声が上がる。
「うぁ〜〜。もうだめぇ〜・・・帰る〜・・私は帰る〜・・」
机に突っ伏している親友の声だ。
彼女が、呻きながらゴロゴロと頭を転がしていたので私は励ますことにした。
「純ちゃん。帰宅できるまで後少しだから頑張って!」
「そうだぞ、純。お前がこの問題を解かない限り帰れないんだから、諦めろ。」
私の台詞にフォローの下手な渡辺先輩の声がついてくる。
・・・どうして余計な事をいっちゃうのかな〜。
まぁ、それでも親友は殺る気を出したようで、先輩を睨みつつ問題に取りかかる。
私の前で甘い空気を出す事も無く数式をたてていく二人に、ふと思った事が口に出る。
「二人は付き合ってるんだよねぇ。」
「「なっ!」」
驚いた表情の二人と同時に目が合う。
「なんか、甘い雰囲気とか想像がつかないなぁ。」
「やめろ。」「やめて。」
私が頑張って想像しようとすると、純ちゃんと先輩から静かに怒られてしまった。
うーん・・・
親友のお勉強を手伝うために残ったのだが、渡辺先輩の登場で出番がないので暇すぎる。
窓の外をみると、太陽の光を通さない厚い雲が広がっている。
今日の空は見ていると、こちらまで暗くなる。
鬱陶しいものだ。
遠くで雷が光るのが見え、ぽつぽつと雨が降り始める。
しばらく眺めていると、窓ガラスにあたる水滴の音が強くなっていく。
あーあ、土砂降りの雨だ。
私は、鞄を背負う。
「美穂、帰るの?」
「うん。図書室によって帰る。」
午後7時には閉まるから、今からいけば2時間は居座れる。
本を読んでいる間に雨が弱くなればいいな〜とも思っている。
私は、二人と別れて薄暗い廊下を歩く。
誰もいなくなった教室の前を通り過ぎていたが、歩くのを止める。
廊下の先で明らかに争っている人たちがいる。
当人達はまだ私に気づいていないのか、その場で声を荒げている。
厄介事は面倒だが、雨に濡れずに目的地へ行くにはあの不穏な空気が漂う空間を横切るしか無い。
歩調をいつもより強くしてその場を過ぎる。
ほっとしたのも束の間。
「ちょっと待って!」
後ろから声が聞こえてくる。
いやいや、きっと私じゃないよね。
「資料室で温め合った仲なのにぃ」
この言葉に私は振り返り、相手の顔を見たとたんに、思い出す。
私を呼び止めたのは、気怠げに寛いでいた見知らぬ少年だ。
この子は私の事が嫌いなのか。
先日の事といい、今の状況といい・・・・
少年は、体格の良い男子生徒に睨まれ、絡まれていた。
厄介事としか認識できない状況で、呼び止めるのは嫌われているとしか思えない。
さらに誤解をうむ呼び方をしないで欲しい。
今ので確実に”そういう仲”だと思われてしまったじゃないか。
その証拠に男子生徒が声を荒げて少年に詰め寄る。
「お前!俺の彼女に手を出して、他にもいるのか!?」
私を少年とウフフな関係と決めないでください。
心の中で訴え、状況を見守る。
興奮気味に少年の胸ぐらが掴まれた。
少年は、焦った様子も無く目の前の男と対峙する。
「何回も言いますけど、俺は何もしてませんよ。
彼女に聞いてみれば良いじゃないですかぁ。」
間延びした声が、神経を逆撫でする。
当事者じゃない私も苛つくくらいだし、男の方は相当だろう。
「〜〜〜っふざけるなっ。お前のせいで俺は!!」
案の定、精神的に耐えきれなくなったのであろう男が拳を少年の腹に勢いよく当てる。
「! ぐっっ」
少年の顔が歪み、痛さを抑えるているのか唇を噛み締めている。
そんな少年に更に男が胸ぐらを締め上げるように力を入れる。
頭に血が上って、力加減が曖昧になってきているのがわかる。
目の前で、殺人未遂が行われては溜まらないので止めに入ることにした。
「私とはやっぱり遊びだったのね・・・」
廊下に私の声が、いやに響く。
そして、男を無視するようにして私は少年に平手を打つ。
少年の驚いた表情と、男の呆気にとられた顔を確認したところで嘘泣きを始める。
「わ・・・私にっ・・・あんな・・・・うぅ・・っ」
前髪に隠れて顔が見られる事は無いが、念のために手で顔を覆う。
他人から観れば泣いているようだろう。
「・・・くそっ」
男は、それで冷静になったのか乱暴に少年を突き飛ばし、その場を去っていく。
去り際に、可哀想なものを見る目を私に向けていたのは何故だろう。
完全に男の姿が見えなくなった所で、少年が壁に体重をかけて崩れ落ちた。
肩が揺れて、痙攣でも起こしたのかと心配になる。
お腹を思いきり殴られたのだ、骨が内蔵に刺さってしまうことも可能性としてある。
そんな心配をしていると、苦しそうな息が少年から聞こえてくる。
「・・っく・・・・っく」
大丈夫か確認しようと彼の前に座り込むと、少年が私の姿を見るなり大笑いしだした。
「くはっ!あーはっはっはっ!」
身をよじり、笑う少年を観察して私は立ち上がる。
この分なら骨が刺さってる事もないだろうと判断して図書室へと体を向けると、
また呼び止められた。
「あんた、可笑しい人だな。」
「変態に言われたくない。」
彼の言い草に、即答すると更に笑われた。
私は、呆れて歩き出す。
「1年の新堂誠!俺の名前、覚えといて!」
彼の声が廊下に響くが、私は無視して真っ直ぐと歩く。
少年の気配も遠くなり、目的地まで後少し。
窓の外を見ると、まだまだ雨が弱まる気配はない。
心臓を手で押さえる。
知らない人を相手に頑張ったのだ、手も震えている。
雨の音を聞きながら、私は心を落ち着けるために深呼吸をする。