成長してます
世の中には、できる筈がないだろうと思える事を可能にしてしまう人がいる。
例えば、空を飛んだライト兄弟。
電気を便利な機械へと応用してみせたトーマス・エジソン。
そして、犯罪者として名を挙げている人たちも居る。
私の身近で言うなら、彼しかいないだろう。
「今の時代、情報なんて簡単に集まるから便利だよね。
でも、鈴村さんは”これ”を本当に使わなくてもいいの?」
USBメモリを目の前で、ぷらぷら振りながら不思議そうな顔をしている相模さんだ。
セクハラまがいの契約をされた後。
手を回しただの退学だのと言っていたことを言及してみたのだ。
私に危害を加えた人達の個人情報を手に入れ、
当人たちにとって不都合となるネタを獲得した相模さんは
その情報を加工して、緩やかに小さな悪い噂を流した。
対人関係にまで影響が出そうな所までじわじわと追いつめて・・・
真綿で首を絞めて弱っていく様をこの数日間、観察していたという。
昨日、信頼している”教師”にコピーした情報を見せ
退学の提案を仄めかすと、協力的だったという。
・・・USBには、かなり濃い(彼によって操作された)情報が入っているようだ。
驚きと呆れで溜息が出てしまう。
「相模さん、それ破棄してくださいね。」
普通、ここまでやりますか?
学生はそんな謀はしませんよ。
「ちなみに、その教師は誰ですか?」
私は凶悪な笑顔をしている彼の計画を阻止する事とした。
**********
私はコーヒーとタバコの匂いが混じって、独特な匂いが充満する職員室に来ている。
先ほどの話からわかるように、情報を提供したのは昨日の夕方。
時間的に見て、まだその情報が人物の手の中で収まっている可能性がある。
一緒に来ている相模さんに私は案内を頼む。
本当なら、私だけで話をしようと思い教師の名前も特徴も聞いていたのだが
”自分のした事だから僕自身が取り下げてもらうよ”
と正論を言われてしまったので、二人で来る事になったしまった。
彼の足は職員室の奥へと進んで行く、先生たちに声をかけられることは無かったが
かなり訝しげにみられている・・・・。
そして、彼に案内された先には
シワシワの手で、書類を見つめる初老に入るであろう男性。
大きな机に、山積みの書類に彼は埋もれていた。
彼の頂上を見ながら私は感心する。
決して脂ぎってなどいない頭は、つやつやと手触りの良さそうな色合いだ。
どうしたら、そんなに綺麗な後頭部が出来るのかしら。
凝視していた私に気づいて、彼は人当たり良さそうな笑顔を浮かべる。
そして今更になって気づく。
「この人なんですか?」
「そうだけど?」
えーっと?
「校長先生・・・。」
目の前に”校長・新堂正宗”とネームプレートがある。
「はい、私に何か御用ですか?」
返答もしてきたし、間違いないようだ。
それならば、さっさと話をつけてしまおう。
「忙しいのにすみません。実はお話がありまして」
私は相模さんへ視線をずらして、荒事にならないように監視する。
「僕の昨日の意見を撤回します。
よく考えてみれば新芽を成長させる環境が整っていれば良いですよね。」
(害をなすなら調教しますので、おかまいなく)
「いいのですよ。私もよく考えたのですが、新芽をとるには早すぎますからねぇ。
私もより一層、目をかけて成長を助けようと思いましたよ。」
(若気の至りという言葉があります。もう少し自重しなさい。)
何故、園芸の話になるんだ!
と言いたかったが、何やら校長と王子の間で火花が散っているように見えたので黙る。
「じゃあ、土はかえるんですか?さすがですね。」
(あなたが動くなら、考えますよ)
「えぇ、しばらく様子を見ながら楽しみますよ。」
(そうですねぇ。とりあえず、君は何もしないでください。)
「・・・わかりました。では、失礼します。」
いやいや、失礼しますじゃなくて話は?
退学の取り下げは?
私は不安になって相模さんに視線を送ると微笑みが返ってきた。
校長先生に視線を送ると同じような微笑みが返ってきた。
・・・どうやら、会話は終了しているようだ。
礼をして、王子は私を連れ出すように職員室から退室する。
廊下にでて少し歩くと、職員室の匂いが薄れた。
隣を歩く彼に私は小声で訪ねる。
「相模さん?もしかしてお腹の中は真っ黒ですか。」
「さぁ、どうだろうね。」
口の端を上げて首を傾げる王子・・・・真っ黒に違いない。
人間的にヤンデレ・・・?いやいや、まだ大丈夫なはず。きっと。