成長してます5
兄の爆弾発言のあとは、三人で、ところ狭しと並べられた大量料理の数々を食べるために無言の食事時間が訪れた。
そして伯父は、詳しい話をするわけでもなく・・・何事もなかったかのように兄を残して祖父母の待つ自宅へと帰っていった。
素早く退散した叔父に呆れていると、目の前に残された人物は
「空いてる部屋ある?」と人好きする笑顔で案内を求めたのだ。
拒否権のない私は、兄を祖父母が使用していた部屋に案内して注意を付け加えた。
「隣が私の部屋だけど、入らないで下さいね。」
「ふーん。」
「入らないでくださいね。」
「・・・。」
「入ってきたら国語辞書の門で思いっきり、ぶち殴りますからね?」
無表情で抑揚をつけずに言ったので、怖かったのか兄は背筋を伸ばして元気よく返事をしてくれた。
「入りません!」
つい先ほどのことを回想しおえた私は自分のベッドの上で大の字に寝転ぶ。
少しだけ意識を切り替えて、私の記憶のととか、兄のこととか、悩んでみるが『どうしてそうなっているのか・なぜそうなっているのか』と同じことばかりで進展はしない。
結果・・・今考えても、「答えはでない」と割り切ってしまおう。
いや、割り切れるもんでもないけど、そうしないといけない気がする。
それに今日一日で、いろいろ有り過ぎて頭が混乱している。
今日は、このまま大人しく眠ろう。
兄がいるであろう方向の壁を見て目を閉じる。
ここ数年は感じなかった、人の気配がするのがわかる。
私は『おやすみなさい』と小さい声で呟いた。
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”月と狼”
ある夜。
狼は一輪の花を銜えて湖へと向かいました。
湖にはゆらゆらとお月様が待っていましたが、
お月様の身体は半分もなく、弱々しく湖面の上で揺れていました。
”お月さま、早く元気になってください。
早く元気になるように贈り物です。
受け取ってください。”
狼は空を見上げて語りかけ、そっと身を屈めました。
湖面に浮かぶ月の分身へ、一輪の花を送るために。
そして・・・・
狼の体が傾ぎ、湖へと倒れこみました。
湖面の端に赤色の水が広がり、狼をも真っ赤に染めていきます。
狼は何が起こったのか、わからないままに脈を弱め呼吸が止まりました。
呼吸を止めた狼の心臓には、太い一本の矢が刺さっていました。
”やった!やったぞ!”
湖を囲む木々の間から男の声が響き渡りました。
男の手には弓が握られ、背には矢を背負っています。
”あぁ、あぁ、どんどん赤くなっていく。
早くなんとかしないと!
私の銀色の毛皮が!汚れてしまう!”
男は慌てて、狼の元へと駆け寄りました。
狼を中心として広がっていく赤い水。
男は自分の洋服が濡れるのを気にもせず、湖へ入りました。
狼を、湖から引きずり出し恍惚とした表情でつぶやきました。
”私の銀色。私は嘘つきではない。私の手に入ったのだから”
男は狼を背負い、ずるずると移動し始めました。
そして、最初からずっと見ていたお月様は
いつものように語りかけてくれていた大切な宝物が
消えてしまったことに呆然としていましたが
男が”大切な宝物”を何処かへ持っていこうとしているのを見て
静かに怒りを爆発させました。
お月様の弱々しかった光は、ギラギラと強くなり、真昼のように辺りを照らしだします。
”銀色が好きなら、好きなだけ与えてあげましょう”
男は突然降ってきた声に驚き、空を見上げます。
そして、月を目に映した瞬間、光は最高の輝きに達しました。
あまりの眩しさに男は瞼を閉じると、一瞬にして真昼のような光もなくなり辺りは静けさに包まれました。
男は、きつく閉じていた瞼を開けてみると、背負っていたはずの狼はいなくなり、湖には水面に頼りなく映る三日月だけがゆらゆらと不気味に揺れていました。
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