成長してます4
玄関を開けたまま呆然としていると”兄”は遠慮気味に声をかけてくる。
「お邪魔しても・・いいかな?」
「あっうん・・・」
私が頷くと兄は安心した笑顔になる。
突然の兄の登場で気づかなかったが、彼の足下には大きなバッグが置かれている。
まるで、家出しているようだ。
・・・・あれ?
この人、家を出てきたんだよね・・・。
「っっ良樹さん!!」
私は居間にいる伯父を呼ぶ。
さっきまでの話だと兄は”黒木の家を出た”と言っていたではないか。
私が急に大声を出したので兄は少し驚いた表情だ。
そして私の声に反応した伯父が、居間から出てくる気配。
振り向くと殺気立った、恐い顔で向かってくるのがわかる。
しかも物騒な事を言いながら出てきた。
「押し入り強盗かっ!?可愛い姪を襲うとは!!滅殺!・・・って穂登か」
「良樹さん、先週ぶりです。死ぬのは嫌です。」
真面目な口調で返答する兄。
私をチラッと見ると、緊張感の”き”の字も無い声音で言葉を連ねる。
「あぁ、でも逆に襲われるのなら「断固拒否!!」」
拒否を示す私に、残念そうな視線を向ける兄。
この視線に負けては駄目だ!と思い私もじっと視線を返す。
無言の攻防の末に、私たちの対決を止めたのは伯父だった。
「穂登、そろそろ家に入りなさい。ずぶ濡れになるぞ。」
そういわれて、兄の格好をみると先程よりも着衣が濡れている。
風向きが玄関に打ち込むような流れになっていたようだ。
生温かった気温も、辺りが暗闇に包まれたせいか涼しい空気になっている。
このままでは、久しぶりに再会した兄が風邪を引いてしまいそうだ。
「タオル取ってくる。」
伯父が兄を居間へ案内しだしたので、私はタオルを取りに脱衣所へと向かう。
そして、伯父と兄に何から問いただそうか悩むことにした。
居間へ入り、大きめのタオルを兄へ渡して少し離れて座る。
結局、約10年振りに会ったな〜とか伯父さんと顔立ちが似ているな〜とか
そんな事ばかりを考えていたので質問が纏まらなかった。
でも、どんなに鈍い人でもわかる。
兄がここに居て、大きなバッグを片手にしている。
伯父さんが電話ではなく、訪ねてきている。
行きつく答えは一つだ。
思考している間、テーブルにのっている料理を凝視していたが
視線を上げれば焦げ茶色の瞳とぶつかった。
”へにゃり”とした子犬みたいな笑顔で「よろしくね。」と兄は言ったが、
嫌とは言わせないドス黒い何かが背後に見えた気がした。
だが、私は一応の抵抗を示す。
「それは、決定事項?」
ずっと離れて暮らしてきているのだから、急に一緒に暮らすとなると多少は抵抗がある。
はっきり言ってしまえば、私の中で”兄”は”見知らぬ男性”という位置づけにとても近いのだ。
だから、心の準備ができる期間が欲しいのだけど・・・
目の前の男二人は不思議そうな顔で声を揃えた。
「「決定事項だよ」」
拒否権は発動できないらしい。
私は渋々”わかった”とだけ了承するが、納得はしていない。
とりあえず、どうして黒木の家を出たのかだけでも聞いておこう。
遠回しに聞くのも面倒なので直球で質問をする。
「穂登兄さん、どうして黒木の家を出たの?なんで此処にいるの?
・・・・一緒に暮らすというなら、説明してください。」
兄だって、長らく離れていた妹と一緒に暮らすとなれば多少の抵抗はあるはずだ。
なのに、此処にいる。
ここで暮らす事が決定事項だと言い切った。
私は兄から視線を逸らさずに答えを待つ。
どんな答えが返ってくるのか緊張している私に、兄は答えた。
「お婆様に、迫られたので逃げてきました。」
「っっはぁ!?」「それ・・・本気か・・・?」
私と伯父の驚いた声が重なる。
黒木の祖母は80才、兄は確か18才だ。
年齢が離れている上に血縁関係だ。
うわぁ、うわぁ、うわぁ。
私が心に多大な衝撃を受けていると兄は喋りだす。
「えぇと、つまり、結婚とかに関する恋愛事でして」
うわっ。
黒木のお婆様は結婚まで考慮してるのかっ。
衝撃を受けている私と伯父に、兄は溜息とともに心の内を吐露する。
「勝手に私の婚約者を決めてしまいそうな勢いで、お見合いをさせられたので逃げてきました。」
そうか、兄はお見合いしたのか・・・あれ?
「え〜と・・お見合いしたんですね。」
「えぇ、跡継ぎが私しか居ないので焦っているのでしょうね。」
私の質問に兄は遠い目をしながら紅茶を飲む。
その兄の横で、明らかに安堵した様子の伯父と視線が合う。
まったく・・・誤解を招くような言いようはしないで欲しい。