いないはずの男
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無事、門の外へ飛び出せたとは言え、危機はまったく去ってなどいなかった。
こちらは、車の手配などしていないのだ。
使い物にならないアーシャと、怪我人のワンを連れて、どう逃げるべきか。
実質、大樹たちはみっつに分断されている。
エイナを連れた田島は、最初の混乱時に、秘密通路まで逃げられただろう。
吉岡は、大体の状況を悟って、うまく立ち回っているはずだ。
厚焼きに隠していた、緊急用の外部無線が、いま手元にないのが悔やまれる。
救援は、どこからもこない。
大樹は走りながら、頭の中に地図を広げた。
このへんは、小綺麗な中所得者以上が集まっていて、逆にいかがわしい場所がすくない。
身を隠しづらいし、追っ手をまきづらいのだ。
「追え!」
後方であがる怒号。
追われるように、大通りに出た。
車を盗んででも。
大樹の頭に、そんな不穏な単語がよぎった瞬間。
グギギィィーキキィー!
半分スピンした形で、大樹らの目の前に、マイクロバスが止まった。
生徒の送り迎えをする、スクールバス。
「乗れ!」
斜めに止まったバスの後部ドアが開き、怒鳴られる。
考える暇なんて、誰にもなかった。
いまの彼らには、このドアが唯一の蜘蛛の糸だったのだから。
勢いのまま、飛び乗る。
最後の人間が飛び乗って、ドアが閉まるより早く、バスは急発進した。
ギギィィー!
ギアが悲鳴をあげるような、苦しい音。
車に揺さ振られながら、大樹は運転席に駆け寄った。
そして――呼んだ。
「ツカサ!」
運転席から見えていた、金髪の頭。
いま。
この国に、いないはずの男だった。




