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椿姫

「へくしっ」


 貴恵は、盛大にくしゃみをした。


 夏カゼか?


 調子の悪い鼻を、ぐずぐずさせる。


「くしゃみする時は、手を口に当てろと言われなかったか?」


 本日、二度目の喫茶店――ではなく、ファミレス。


 チーフが、アルバムを見せてくれるなら、ご飯をおごると言ったので、ほいほいついてきたのだ。


「あははーすいませんー」


 今更、口をおさえても手遅れだ。


「あ、そうだ」


 せっかく、何を言うのにも抵抗のないチーフがいるのである。


 聞いてみたいことがあった。


「好きでもない人と、交換条件でデートするのは、あり、ですか?」


 ガタッ。


 貴恵の直球の質問に、チーフの頬杖ついていた肘が外れた。


「ヤーさんちに居候になったかと思ったら、次は仮想デートか?」


 おまえも華々しいなあ。


 呆れながら、彼はお冷やを飲んだ。


「交換条件次第だな…セラに何を言われたんだ?」


 一発で、セラとのことを見抜かれ、貴恵は照れ笑いをした。


「ちょっと真面目な話を、セラって人のお父さんが、知ってるらしいんですが…」


 詳しく話すわけにもいかず、貴恵はほどほどにぼかしてみた。


「セラ・シニアに話を聞きたいのか? そんなら、息子通さずに聞けよ」


 あっさり、きっぱり。


 何だ、そんなことかとばかりに、チーフが言い放つ。


 しかも、親しげだ。


「セラ・シニアって、お父さんを知ってるんですか?」


 身を乗り出すと、チーフは苦笑する。


「知ってるも…彼は今も現役の美容師だし、一昔前のヘアスタイルから現代へ移行する過渡期に活躍した大御所だぜ」


 美容師の歴史のような話をし始める。


 とにかく、有名人だとは分かった。


「連絡…つきます?」


 一番大事なのは、そこだ。


 貴恵は、おそるおそる聞いた。


「つくぞ…広域勉強会で、ときどきお世話になるからな」


 すちゃっと。


 チーフは、携帯を取り出して見せた。


「し、紹介してもらえませんか?」


 わんわんわんっ。


 貴恵は、犬のようにその話に食い付いた。


「紹介するかどうかは…内容次第だな。くだらない話て、わずらわせたくないからな」


 しかし、返事は手放しでいいものじゃなかった。


 きゅーん。


 貴恵は、またも壁にはばまれたのだ。


 ※


「とは、言うものの…オレもプライベートの詮索には、興味がないからなぁ」


 ふーっと、チーフが息を吐く。


「えっと」


 貴恵は、うまい言葉が閃いた気がして、口を開けた。


「椿姫って呼ばれていた人のことを、知りたいんです…その、セラ・シニアって人が知ってるらしくて」


 何も大樹の母親などと、言わなくてもいいのだ。


 彼が言っていたという、椿姫のキーワードで通じるのではないか。


「椿姫、ね。じゃあ、いまからオレが電話をかけてみて、そのまま伝えてみよう。それで、向こうが話す気になったら紹介する…それでいいか?」


 チーフの申し出に、貴恵はコクコクと頷いた。


 反論が、あろうはずがなかった。


 チーフは席を立ち、エントランスの方へと向かう。


 貴恵は、おとなしく待つだけ。


 うまくしたら、大樹の父について話が聞けるかもしれない。


 貴恵だって。


 大樹母の、あの写真を見なければ、とても調べようなんて思わなかった。


 短い期間とは言え――大樹は愛されていたのだ。


 そこが、とても気になる。


 父親が、いったい何をしたのか。


 それにより、大樹がもしかしたら母を許せるようになるかもしれない。


 貴恵が、そんな風に考え込んでいると、チーフが携帯をちらつかせながら、席に戻ってきた。


「いいってよ」


 あっさり。


「ほんとですか? で、いつ?」


 貴恵は、喜んで食い付いた。


 これで、デートの心配もしなくて済みそうだ。


「これから、ここに出向いてくれるそうだ」


 ウェイトレスを呼び止め、コーヒーのおかわりをもらうついでみたいに、チーフは言う。


「こ、これからですかー?」


 貴恵は、急いで心の準備をしなければならなかった。

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