後ろめたさの反動
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うーん。
貴恵は、一人うなりながら歩いていた。
これは、浮気とかじゃないよね。
デートと言う単語が、気になってしょうがないのだ。
貴恵は、大樹のことが気になるし、それと交換条件で一日遊ぶくらいなら、なんということはない。
しかし、大樹にしてみれば、そこまでして知ろうとしなくてもいい、と言いそうだった。
とりあえず、返事は保留にしている。
携帯番号を聞いたので、連絡することにしたのだ。
貴恵の番号も聞かれたが――持ってないと言うと、驚かれた。
うーん、うーん。
もはや、自分がどこに行こうとしていたのかも忘れ、町中をぶらぶらと歩く。
そんな時。
「休みの日まで、何で会うかなぁ」
真横でつぶやかれた声に、ハッと貴恵が我に返ると。
「チーフ!」
ちょうど、お互い逆を向いている状態だ。
すれ違おうとしていたのに、彼女はまったく気付いていなかったことになる。
「こんにちは、いいお日柄ですね」
焦ってあいさつをするものだから、変な言葉になってしまう。
「分かったから、とりあえず落ち着け…って、大荷物だな」
指摘され、貴恵は重たい荷物を思い出す。
さっき、半ば強制的にアルバムを貸してくれた男がいたのだ。
「ああ、ええと、これは」
貴恵は、一瞬ごまかそうかと考えた。
しかし、後でバレた時に勘ぐられる方がイヤだったので――ぶっちゃけることにした。
「セラって人が、貸してくれました」
チーフには、ぶっちゃけられるんだけどなぁ。
ヘアカタログのアルバムを、一冊出して渡す。
同じノリで、大樹に交換条件のことは、とてもじゃないが言いだせない。
「はは、顔が広いな。セラと、どういう知り合いだ?」
チーフは、アルバムをめくって、すぐに誰か分かったようだ。
声に不快はない。
「この髪に、興味があったみたいで、ついさっきナンパされました」
ずばずばっ。
セラが聞いていたら、そこまでバラすなと、涙目になったことだろう。
しかし、今の貴恵は、大樹に対して生まれそうな後ろめたさの反動で、何でもペラペラしゃべれそうなのだ。
「ぶっ…!」
町中で、チーフが笑いをこらえて呼吸困難になっても――貴恵の頭の中は、迷いでぐるぐるだった。