大樹とだってしたことないのに
○
「待っタ! アホなナンパと思う前に、これ見テヨ!」
ザックの中から、彼はドササっとアルバムを取り出した。
貴恵の即死技にさえめげずに、アルバム二冊を同時にめくりはじめる。
右も左も器用な手だ。
「幼女から女子高生、女子大生にOL、熟女に夜の商売の方々、そして老女まで、よりどりみどりデース!」
差し出される、写真の数々。
自慢げに出すだけあって、見事なバリエーションだ。
特筆すべきは、流行りすたりだけに捉われていないところか。
流行でなくても、よく似合う髪型に仕上がっているものが多い。
いまのカットだけでなく、過去からあるカットの練習もしてきたのだろう。
ついつい、貴恵はアルバムに没頭していた。
自分の評価を上げようという彼の作戦なのだろうが、それにまんまと乗ってしまったのだ。
そんな中。
次に手に取ったアルバムだけ、年代を感じた。
めくると、写真の色具合がちょっと違う。
髪型も、いまの流行りがなりをひそめる。
どうやら、彼本人のアルバムではない、一昔前のものが混じっているようだ。
「あっ、それトーサンのっ!」
間違えて、ザックから出したのに気付いたようだ。
貴恵が、さらに次のページをめくった時。
それが――あった。
「……!」
ショットは三枚。
正面の顔アップ、背後からの頭アップ。
もう一枚は、立ち姿。
幸せそうに微笑む、女性。
とても若いが、貴恵には分かった。
大樹の母親だ。
立ち姿のおなかは――まあるくふくれていた。
※
そう、だよなぁ。
大樹の母親の写真を見つめながら、貴恵はため息をついた。
あの人だって、おなかの中にいる時から、大樹を嫌っているわけではながったのだ。
この写真の頃は、幸せでしょうがない顔をしている。
何かがあったとしたら、大樹の父親とだろう。
「その写真、どうかシタ?」
向かいにいた男を忘れるほど、貴恵は見入っていたようだ。
「お隣さんなの」
彼女について、どう表現したらいいか分からなくて、とりあえずそう言った。
「あぁ、噂の椿姫ダネ…トーサンが、いつもほめてたよ」
写真を覗き込んで、彼はニコニコと笑った。
椿姫?
分からない単語に、貴恵は目をパタパタさせる。
よく知っているような、口振りも気になる。
「この人…どんな人だって言ってた? お父さん」
貴恵は、ごくりと喉を鳴らしながら聞いてしまった。
貴恵の母も、大樹も知らないあの人の過去。
詮索と、言われたらそれまでだ。
だが、好きな男を取り巻く環境くらい知りたくなるのも人情だった。
目の前の彼は。
貴恵の表情に、逆に身体を引くような動きを見せる。
「お隣さんなら、本人に聞けばいいノニ」
ぺらぺらしゃべっていた口に、警戒が見える。
理由を言わなきゃ教えない。
彼の言葉の陰に、そんな気配を感じた。
う。
髪にしか食いつきのわるかった貴恵が、いきなり人にこだわりを見せたのがいけなかったのか。
うう。
しかし、彼に大樹の話はしづらい。
彼の父親は、大樹の母親とつながりがあるかもしれないのだから。
あーうー。
「ふーん。じゃあ、来週の月曜、僕とデートシテヨ。その時に教えてあげるカラ」
貴恵の葛藤に、更にニコニコ度を上げて、条件を出してきた。
「で…デートぉ?」
復唱する声が、裏返る。
「軽いデートくらいイイデショ? 別にやましいことないんダシ」
にっこにこ。
笑顔に気圧されながら、貴恵は冷や汗をかいていた。
大樹とだって――したことないのに!