吉岡さん
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「よぉ」
公園の入り口。
こっちに向かって片手を上げている男を見つけて、大樹は足を止めた。
昨日の。
顔を見て、すぐに思い出す。
誰かを探していた人だ。
昨日と、あまり代わり映えのしない背広姿。
しゃれっ気とは、無縁のようだ。
声をかけられる理由は思いつかないが、相手が大樹に何か用があるのは伝わった。
彼は、じーっと男を見た。
「学校に直接乗り込むわけにはいかなくてね、ここで待たせてもらったよ」
男は、名刺を差し出した。
吉岡――それが彼の名前らしい。
○×製薬 営業部部長。
肩書きを確認した後、大樹はもう一度、吉岡を見なおした。
製薬会社の人間にしては、まったく薬くささがない。
営業なら、医療関係の場所に出入りするだろうに。
「君は昨日、ここで何かを拾わなかったか?」
大樹の観察など、お構いなしに吉岡は話を切り出した。
急がないように努力はしている風だが、随所に急ぎたいという意思を感じる。
あのメモのことを言いたいのだろうか。
化学式の書かれたそれ。
吉岡と製薬会社と化学式。
文字だけで並べてみるなら、たいして違和感はないが、彼が化学式に興味を持っているようには、まったく見えなかった。
「あれが、いるの?」
二人の人間が必要とする化学式。
持っているのは追われる方。欲しいのは追う方。
「ああ、とても大事なものなんだ」
焦れる気持ちをぐっとこらえる声。
かなり重要なものだと理解した大樹は、最後の質問をすることにした。
「なにかに、つかうの?」
前よりもじっとみた。
答えは。
「いや、何にも使わない」
即答だった。
確固たる意思の目が返される。
正直、大樹は記憶もしたし大体の組み合わせは理解しているが、あれが本当はどうなるのかまで知っているわけではなかった。
それについて、吉岡の返答はシンプルだ。
大樹の機嫌を取るようなことも言わないし、「いいことに使う」などと、嘘くさいことも言わない。
何にも使わないのに必要とするなんて、矛盾に満ちているというのに。
ただ――いい人になろうとしていないのだけは、よく伝わった。
大樹はかばんからノートを取り出し、その場に座り込む。
膝の上のカバンを下敷きがわりに、ノートの最後のページに、昨日見た化学式を書き起こしたのだ。
「おいおい…」
頭の上から、呆然とした声が降ってきたが、大樹は化学式を書くので忙しかった。