女二人
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アーシャの迎えが来たのと、ワンの意識が回復したという連絡は、ほぼ同時だった。
アーシャ以下、西脇組の面々が病院に押し掛ける間、貴恵は組でお留守番だ。
母親は夜勤なので、ある意味、屋敷に一人の気分だった。
勿論、組員は残っているのだが。
「あ、貴恵さん」
随分、清潔感溢れる髪型のヤクザがいると思ったら、貴恵が実験台にばっさりやった相手だ。
そんな彼が、廊下で話しかけてくる。
役職はしらないが、三十後半のにーさん肌だ。
「なんですか?」
そんなにーさんに、微かに赤らめた顔で、もじもじし始められると、可愛いというよりコワキモイ。
そして、いやな予感がした。
「あの…ですね…その、美津子さんに付き合ってる人とか、いるんですかね」
見事な予感的中だ。
あんな女王さまがいいと、思う人もいるんだ。
「多分…いないと思いますけど」
貴恵の答えに、小さくガッツポーズ。
いや、どうせ無理ですよ――彼女は、言葉を飲み込んだ。
そんなことを自分が言うのは野暮だし、トラブルの種は避けたかった。
母なら、自力でどうとでもするだろうと。
「き、貴恵ちゃんは…新しいお父さんができるって…どう?」
話か飛躍してきたー。
変なコメントを求められそうになって、彼女が戸惑っていると。
表に車が複数停まる音と、ざわついた気配がただよってくる。
「帰ってきたのかな」
貴恵は、相対するヤクザのにーさんの意識を、玄関に追いやろうとした。
慌てて彼は、すっとんでいく。
ふぅ、とごまかせたことにほっとしていた。
しかし。
帰ってきたアーシャの、お通夜みたいな顔を見た時――更なるいやな予感にさいなまれたのだった。
※
「帰れない?」
お通夜顔のアーシャの告白に、貴恵は驚いていた。
「ワンを撃ったの、伯父さんの手下だったの」
伯父――内輪揉めときたか。
「ついさっき、本国の方でもドンパチ始まったらしくて…いまは、帰ってくるなって」
はぁぁぁ。
帰りたがってはいなかったが、さすがに身内同士の抗争に憂欝なようだ。
と、いうことは、貴恵たちも、もうしばらくここで暮らさなければならないということになる。
「ワンが、パパの傍を離れたのが、どうも引き金みたいで…」
身内の事件のきっかけが、結局自分にあると思ったのか。
アーシャは、更にため息を深くした。
「お父さんが無事だといいわね」
ヤクザだのマフィアの世界が、どうなっているかなんて、貴恵が知るはずがない。
ただ、親を心配に思う気持ちだけは、理解できるつもりでいた。
「無事でいてもらわなきゃ、困るわ。パパが死ぬと、私は絶対、故郷に帰れなくなるもの」
それは――伯父の天下が始まる、という意味なのだろう。
しかし、純粋に父を心配する気持ちはないのか。
「キエが、何を言いたいかはわかってるわ…でもパパは、パパでありボスでもあるの。私は、娘でもあるけど、後継ぎ候補でもあるのよ」
ここにも。
年の割りに、重い荷物を背負っている子がいる。
貴恵は、アーシャと大樹がかぶって見えた。
「兄弟は?」
候補というからには、ほかにもいるのだろう。
「姉さんが、一人いるわ…無事だといいけど」
後継ぎが、女二人。
危険な組み合わせに見えた。
抗争後、どっちかの娘を妻にすれば、そこから組織をしきっていく材料にできそうだったのだ。
伯父では結婚できないだろうが、その子ならイトコだ。
射程圏内である。
マフィアのことは分からなくても、おなじような下克上は歴史の中で、腐るほど行われてきた。
「大したことがなければ、毎日でも電話がくるわ…」
自分に言い聞かせるような、アーシャの声。
逆に言えば、電話が途切れたら――