一石三鳥
○
「はっはっはっ、そりゃあ災難だったな」
チーフの気楽な笑い声に、貴恵は苦笑した。
アーシャの話の前説として、事情を話したところだ。
送迎だけかと思いきや、美容室の窓から見えるところに、一台車がずっと停まっている。
勤務時間中、ああして見張ってくださるようだ。
落ち着かないこと、この上なかった。
「チーフが、きちんとアーシャに断り入れてあげて下さいよー。でないと、抜け出してきちゃいますよ」
来づらいでしょうけど。
とばっちりなのは分かっているが、せっかくアーシャがなついた相手なので、希望を叶えてあげたかった。
「んー西脇組ね…いままでカットしたヤクザさんにはいなかったなあ」
仕事柄、そういう商売の人を扱うこともあるのだろう。
この人のことだから、うまくあしらったに違いない。
「帰りに一緒すれば、いいわけかな?」
ヤクザだからと言って、気負う様子がないところが、にくたらしく思える。
貴恵など、昨日ずっと意識して、寝つけなかったと言うのに。
「んー、じゃあせっかくだから、そこで勉強会するか」
は?
耳を疑う。
いま、何と言ったのか。
「コンテストモデルがないなら、もうちょい切りたかったんだよな、オレ。一揃い、道具準備しといて。スタッフも連れていこう」
自分の希望を、さり気なく折り込みながら、話を進めていく。
「あの、一応狙われてるかもしれないんですが」
貴恵は、もう一度そこを強調した。
「だからだよ」
チーフは、さっくり切り返す。
「そんな人間と、オレだけが一緒だと、もしかしたらオレも狙われるかも知れないだろ? 数がワラワラいれば、的も絞られづらいじゃないか」
きっぱりと、チーフはそう言い切った。
さすがは、貴恵よりも世間を見ている人だ。
自分の身も守りつつ、勉強会もしてしまい、アーシャも説得するという―― 一石三鳥の技を繰り出してきたのだった。