繁華街の空
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わざわざ、ツカサを探すまでもなかった。
繁華街は、救急車とパトカーと野次馬の音で出来ていたのだ。
「まさか」
大樹は、田島と吉岡と一緒にいたが、みなその時、同じことを考えただろう。
救急車は、発車してしまい、誰が乗せられたかは分からなかった。
しかし、警官の前に憮然とつったっている金髪は――間違いなく、ツカサだ。
「ツカサ! お前、大丈夫か?」
最初に駆け付けた田島が、そう聞きたくなる理由も分かる。
彼の手は、真っ赤に染まっていたのだ。
「あっ、吉岡さん! ケーサツになんとか言ってやってよ。オレ、通りすがりに止血してやっただけなのに、仲間扱いだぜ」
しかし、本人はまったく怪我をしている様子もない。
血のついた手を、厄介そうに振っている。
「すみません、私こういうものです。この子は、うちの管轄でして」
吉岡が、警官の相手を始めた隙に、ツカサは二人の方へと戻ってくる。
「ワンが撃たれた」
彼にしては、上出来の声のひそめ方だ。
大樹と田島は、それに一瞬視線を絡める。
ワンが日本にいたということは、アーシャの迎えにきたのだ。
その彼が、撃たれた。
事前に、何の予定もしていなかったにもかかわらず、だ。
「アーシャと貴恵さんの無事を確認して、ボスに連絡しねぇとな」
あらぬ方向を見ながら、田島が世間話のように呟く。
幸い、大樹はまだ吉岡の携帯をあずかったままだった。
ツカサが再度、吉岡と警察に引っ張られ、事情を聞かれている間に、携帯をかける。
「はい、もしもしー?」
遅い電話に、不機嫌そうな貴恵の声。
大樹は、安堵のため息をついた。
無事だ。
※
たまたま偶然、ワンが撃たれたとは考えにくい。
アーシャに、すぐボスに連絡して、安全に日本を出るように勧める。
「でも、大樹…」
電話の向こうのアーシャは、ワンの事件に驚きながらも、帰るのをぐずる。
マフィアの娘として育ったせいか、荒っぽいことに免疫がありすぎるのも考えものだ。
「ワンを撃った人間が、もしボスの敵対勢力なら、次に狙われるのはアーシャだ」
貴恵の家など、狙ってくれというようなものである。
全部、現地語なので、たとえ吉岡に聞かれても理解はされないのが救いだ。
「いまの君にとって、日本は決して安全な国じゃない…頼むからボスに連絡を」
大樹の説得に、アーシャはため息を漏らし――
「分かった」
ようやく、折れてくれた。
ほっと安堵の息を吐くが、まだ解決したわけではない。
迎えが来るまで、アーシャたちの身の安全が保証されていないのだ。
聞けば、ワンはすでに貴恵の家に行っている。
運が悪ければ、それを今日の犯人に知られている可能性があった。
「貴恵のお母さん、家に帰ってる?」
大樹が白羽の矢を立てたのは、美津子だった。
「あいよ、なんだよ…こんな遅くに」
あくび混じりの美津子に、声をひそめて事情を説明する。
迎えがくるまで、別の場所に移って欲しい、と。
「お前…」
驚きに満ちた声。
信じがたい事件に、巻き込まれたのだ。
驚いても当然である。
「お前がそんなにしゃべんの、初めて聞いた…成長したなぁ」
この状況で、気になるのはそっちなのか。
相手は、美津子だ。
余裕で、大樹の想定の斜め上をかっとんでいく。
「あーまぁ、じゃあ今日は病院にでも泊めてもらわぁ…それでいいんだろ?」
めんどくさそうだが、判断は的確だった。
「美津子さん、病院のピッチありますよね…また連絡します…すみません」
携帯を切りながら、大樹は天を仰いだ。
繁華街から見る夜空は、眼鏡のない時の夜空と、とてもよく似ていた。
できるなら、貴恵のところへ飛んでいきたいくらいだ。
今、自由のない自分を、もどかしく思うばかり。
「んー」
田島が、うなる。
「吉岡さんに相談する選択肢も…そろそろいるのかもな」
ボスに義理立てしてる間に、娘が殺されちゃ、本末転倒だろ?
「吉岡さんは、海外のマフィア関係者を守るために、警察を動かせるんだろうか?」
大樹は――苦渋の言葉を呟いた。