表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/127

部長

「部長ー! こっちいませんー!」


 肉体派の部下を連れてきて走り回らせたが、捜し物は見つからないまま。


「まいったな、ハム野郎にまかれたか」


 部長と呼ばれた男――吉岡は、白髪の交じる自分の頭に手をつっこんだ。


 二十歳すぎから出始めた白髪のせいで、いま三十七歳なのにもっと老けて見られる。


 そんな彼の耳に、元気なちびっ子の声が聞こえてくる。


 公園があるようだ。


 公園と言えば、子供と女性の溜り場。


 噂好きな主婦が、あのハム野郎を見ているかも、と吉岡は部下と共に向かうとにした。


「誰か…っと!」


 奥様より先に、学制服の少年が目に止まる。


 一人で棒で落書きしているようだ。


 待ち合わせか?


 多少不審に思いながら近づく。


「ちょいと、すまん」


 声をかけると、ふっと顔がこっちを見た。


 お。


 余りにまっすぐ見られたので、吉岡はさっきの不審を取り消した。


 何かやましいことのある子供は、こんな目で大人を見ない。


「ここで男の人を見なかったか? 背広を着た太めのおじさんなんだが」


 吉岡は自分の背広の襟をひっぱって見せた。


 すると、少年の唇が、ああ、という形になった。


 すうっ。


 その手が、まっすぐ公園出口を指す。


「お、ありがとよ!」


 軽く手を振って、吉岡は駆け出した。


 この時、すぐに立ち去ったことを――彼は後悔することになる。


 ※


「みつかりませんでしたね」


「本部にどやされるなあ、これは」


 完璧に見失った事実に、吉岡は頭を痛めていた。


 前々からチェックしていたハム野郎が、ついに動きだしたというのに、あっさりまかれてしまうとは。


 辺りは暗くなり始め、このまま捜し回っても徒労に終わるだろう。


 仕方なく吉岡は撤収することにした。


 駅まで歩き、それから電車で戻るつもりだった。

 相手に逃げられて、帰りのタクシーの領収書を提出できるほど、心臓に毛は生えてなかったのだ。


「さすがに、もう誰もいないか」


 街灯がつく直前くらいの公園は、微妙に暗く不気味だ。


「お、ついた」


 部下が、白くまばたいた街灯を指す。

 ほの白く、たよりなく辺りを照らし始めた。


 そういや。


 夕方会った少年は、ちょうどこの街灯の下あたりにいた。


 いまどきの子にしては、独特の雰囲気があったな。


 吉岡は、記憶の隅に残る少年を思い出そうとした。


 その時。


 彼の足が、何かを蹴った。


 いや違う。


 地面にある何かを踏んだのだ。


「ん?」


 よく見えない足元を、吉岡はじっと見た。


「な、んだ…?」


 まるで、子供が地面に落書きするのと同じ気軽さで描かれているそれ。


「部長?」


 突然動きを止めた上司に、不審そうな声が飛ぶ。


 それに、吉岡はハッとした。


「か…懐中電灯買ってこい! 大急ぎだ!」


 彼は、自分自身が驚くほどの大声をあげ、部下を走らせた。


 まさかまさか!


 ありえないと、頭のどこかでは思っている。

 しかし、足元の模様が、吉岡を揺さ振るのだ。


 こんな偶然が、そんなにあってたまるか!


 落ち着かない手で、携帯を取り出す。


「あ、吉岡だ。大至急化学班の誰か寄越してくれ!」


 自分に、正確な判断は下せない。

 彼は、応援を呼ぶことにしたのだ。


 懐中電灯が到着するまで、吉岡は一人足元を見つめていた。


 公園の端に描かれた、不似合いな――化学式を。


 ※


「この化学式、どう思う?」


 吉岡の呼び出しで来たのは、バケガクのスペシャリスト、小野だった。

 休みの日でも仕事場にいることが多い彼なら、確かにこの緊急の呼び出しに対応できるだろう。


 地面から紙の上に書き写せるだけ写した小野は、神経質そうな顔を、さらに険しくした。


「一部消えているから断定できないが、確かにハムの商品の可能性はあるな」


 化学式は完全ではなかった。

 人に踏まれた部分もあり、一部消え去ってしまっていたのだ。


 踏んだ犯人の一人は、吉岡なのだが。


「と、いうことは、あの坊やがハムのメモを拾って持ってる可能性があるってことか」


 多分、あれは中学生くらい。

 まだ、化学式と親友になる年ごろではないはずだ。

「しかし、その子は変人だな」


 メモではなく、懐中電灯で照らされる地面を見ながら、小野は言った。


「たとえメモを拾ったにしろ、普通それを地面に書き写すか?」


 力仕事をしない細い指が、下を指す。


「まぁ、なあ」


 吉岡も、そんなことを考えもしなかったから、あの少年の書いているものを見なかったのだが。


「この辺の中学なら、すぐ絞れるだろう。まだ、メモを持ってるといいが」


 とりあえず、ハム野郎の扱う商品の目星はついた。

 ハムのくせに悪知恵だけは働くから、こんな風にぱっと見にわかりづらいものばかりを商品とする。


 だから、なかなかしっぽを掴めないのだ。


「それなら悪いが急いでくれ」


 小野は、不完全なメモを読み解くように見つめる。


「多分、これはロクなもんじゃない」


 ハム野郎の扱う商品は、いつもロクなもんじゃないぞ――吉岡はあえて言葉にしないまま、大きくため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ