筋肉痛
△
ずいぶん遅くに、吉岡がやってきた。
一緒に宿舎に泊まり込んでいる彼だったが、夜はいつも放っておいてくれるのに。
田島はちょうど、腹筋を終えたところだった。
まだ、腕の骨折の最終検査がおわっていないので、それ以外を鍛えるしかないのだ。
「大樹、電話だ…貴恵ちゃんから…何かやらかしたのか?」
吉岡は、空いた片手で、頭に角を作って見せた。
「おっ!」
それにツカサが反応して、盗み聞きしようと待ち構えている。
ここに縛り付けられ、娯楽に飢えているのだ。
「貴恵ちゃんが?」
心当たりがなさそうに、大樹は電話を受け取って耳に当てた。
「はい、もしもし」
それから彼は、たっぷり三分黙りこんだ。
延々、電話の向こうにがなりたてられているようだった。
ようやく言った言葉は。
「電話、かわって」
どうやら、向こうには他に人がいるらしい。
その直後。
田島は、耳を疑った。
「…――」
大樹が、異国語をしゃべりはじめたからだ。
しかも、その言葉は、彼らがちょっと前まで聞いていた国のもの。
大樹は、ほぼマスターし、田島はカタコトでしゃべり、ツカサは基本しか理解していないそれ。
大樹が珍しく早口なので、田島もうまく聞き取れなかった。
しばらく言葉を交わした後、大樹は深々とため息をついて、日本語に戻った。
「貴恵ちゃん…明日の朝一でいくから、それまで彼女をお願い」
ははーん。
田島は、大体読めた。
「ちゃんと明日、説明するから」
まだ、電話の向こうにわめかれているようだったが、ようやく大樹は電話を切った。
二人の方を、振り返りながら、彼は言った。
「アーシャが、日本にきてる」
ビンゴ!
田島は、ニヤリとした。
「おおっ! アーシャちゃん! まぢ? オレを追ってきたのかな!」
ツカサが、ひらりと舞い上がる。
いや、おまえじゃないと思うぞ。
口にしないのが、男の情けだ。
「それで…ちょっと気になることが」
大樹が話し始めたことに――田島は、脇腹が筋肉痛になるくらい笑ったのだった。