はじまり
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人はみな、自分の利益のために生きている。
物、知識、心。
なんでも、自分にとって心地いい、と思えるものが利益だ。
大樹は、そう利益という言葉を認識している。
学校からの帰り道、彼は昨日の貴恵の質問について反芻していた。
図書館に行くのに近道な、児童公園にさしかかる。
最近の大樹は、子供が遊んでいる様子に目をやるようになっていた。
今日は風が強いのに、子供らはお構いなしにはしゃぎ回る。
目に砂が入ったと泣いている子もいた。
利益については、子供の方が遥かに敏感に感じ取る生きものだ。
全身で、いつも何か「ちょうだい!」と訴えている小さい体。
くれる人はいい人。くれない人は悪い人。
だが、何かを与える人だって、自己の利益で動いている。
物をあげ、感謝されることで、自分の価値を実感したい――それもまた、利益なのだ。
みな自分のために動いていて、それが相手の利益とたまたま一致したら「いい人」になるだけ。
だから、大樹はいい人も悪い人も、本当はいないのだ、と思ったのだ。
逆に言えば、いい人も悪い人も、意図して作ることは可能、ということになる。
そんな考えに気を取られていた時。
べしっ!
「…っ!」
大樹の顔に、いきなり何かが飛んできて張りついた。
メモ帳くらいの紙だ。
大樹は、顔からそれを取り上げ眺めた。
「か! 返してくれ!」
こけつまろびつ。
風上の方から、転がるような勢いで、太った背広の男が走ってくる。
児童公園には、ずいぶん不似合いな中年の男。
「返せ!」
目の前までくるなり、大樹の手から紙を取り上げる。
よほど、大事なものらしい。
大樹はじーっと男を見た。
せかせかしている短気、というよりは、焦って落ち着かない様子だ。
慌てて周囲を確認すると、またもこけつまろびつ、公園の反対出口へ走っていく。
何度もこっちを振り返る姿が記憶に残った。
その姿が完全に見えなくなった後。
んー。
大樹は、長めの木の枝を拾い上げ、地面に線と文字を書き始めた。
メモ用紙に書かれている内容は、どうにもあの男には似合わない気がしたのだ。