一ヵ月
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「一ヵ月くらい前、変な事故のニュースを聞かなかったかい?」
なにを言ってるんだろう。
月曜日。
休みで家にいた彼女を、吉岡が訪ねてきた。
彼は、なんだか分からない話ばかりをするのだ。
ちゃぶ台の上には――眼鏡。
見覚えのある、それ。
一ヵ月前の事故のニュースが、なんだというのだ。
隣の市で起きた、変な事故。
テレビで聞いたのは、一度だけだから、もう忘れかけてた。
「なんで、大樹の眼鏡を吉岡さんが持ってるんですか? 大樹に届けないと」
眼鏡を掴んで立とうと思ったら、足がふわふわしていてよろけてしまった。
「だから…その時から、大樹くんは行方不明なんだ」
また、吉岡が変なことを言う。
大樹なら、働きながら勉強している。
やっと彼は自由になったのだ。
これから、人生を謳歌できるのに。
「な…んで、行方不明とかになっちゃってるのよ」
茫然と、それを呟く。
目が回りそうで、貴恵は壁に手をついて自分を支えた。
「手は尽くしている…」
絞りだすような吉岡の声。
一ヵ月。
貴恵は、何も知らずに生きていた。
大樹の血縁ではないから、行方不明の連絡などくるはずがない。
だから――毎日、けらけら笑いながら生きていたのだ。
大樹が、どういう状態かも知らないで。
「彼が戻ってくるまで、眼鏡を預かっていて欲しい」
少し歪んだフレーム。
この眼鏡を大事にしていた大樹に、フレームを歪ませるようなことが起きたのだ。
「もう…分かったから、大樹を探しに行って、早く見つけて」
吉岡が本当は何者だとか、敬語を使わなければとか、もうどうでもいい。
彼に大樹を探す力があるというのなら、早く見つけて欲しい――ただ、それだけ。
気遣うような言葉がいくつか投げられたが、貴恵には聞こえていなかった。
吉岡が帰った後。
貴恵は、ずるずると壁からずり落ち、へたりこんだのだった。