だいじょうぶ
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波の音がする。
頭の痛みと共に、耳と鼻から外部の情報がまぎれこんできた。
大樹は、ゆっくりと目を開ける。
薄暗く、周囲がよく見えない。
頭を動かそうとしたら、強い頭痛にさいなまれた。
ああ。
理由を思い出す。
寮長が、車を激しくスピンさせた時に、したたか頭をうちつけたのだ。
そこからの記憶が、まったくない。
「……!」
だが、想像すべきだった。
もっと早く、目覚めるべきだった。
いま、彼は体の自由を奪われ、おそらく海上なのだ。
そして。
慣れてきた目に、二つの人影が映った。
大樹と同じように、床に転がされている。
想像なんて、必要なかった。
「だいじ…ょぶ?」
小さい声で呼ぶ。
「じゃねーよ」
即、反応したのはツカサの声。
ほっとした。
どこか痛めている声には聞こえなかったからだ。
「寮長は?」
もう一人の体は、動かない。
いやな予感がして、大樹は目を細めた。
視界が、ぶれる。
眼鏡がなかったのだ。
おそらく、あのスピンで落としたのだろう。
心は痛むが、いまはそれどころではなかった。
「だ…いじょうぶ…だ」
寮長の大きな体が、ゆっくり寝返りをうつ。
声はつらそうだが、意識ははっきりしているようだ。
眼鏡がないのでよく見えないが、怪我をしているのだろうか。
「んだよ、生きてたのかよ」
ツカサは、物騒な言葉を吐いたが、声には深い安堵を感じられた。
大樹が悠長に気を失っている間に、何があったのか。
「…大体、これなんだよ! どうなってんだよ!」
みなに意識があると分かるや、ツカサが突然ヒステリックに大声をあげた。
ようやく人を責められる環境ができたからか。
確かに、とばっちりを受けただけなのだから、ツカサには責める権利がある。
だが。
まだ、ここは敵地だ。
そんな大声を出したら、人を呼びかねない。
「ぐえっ」
そんなツカサが、奇妙な声をあげる。
ぼんやりとした寮長のシルエットが、縛られた足を振り上げ、ツカサの腹に落としたせいだ。
「あとで、山ほど責められてやるから、いまは我慢しろ」
ごほっと、一つ寮長は咳き込んだ。
「いまは…ここから逃げることが最優先だ」
近づいてくる足音。
やはり、ツカサの大声は見逃してはもらえなかったのだ。