オレは無関係
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目を覚まして10秒後。
ツカサは、ゆっくりと首だけを横に向けた。
べとつく木の床とキスさせられていたのだ。
なんで、自分がこんな汚い場所に転がっているか、理解できるはずもなかった。
すぐ側には、大樹の青びょうたん顔と、人相が変わっているが、寮長の姿が見える。
二人とも、芋虫のように這いつくばっていた。
寮長の人相の変わり具合で、ツカサの記憶が舞い戻る。
彼だけは、執拗にぶちのめされていたのだ。
確か。
寮長が、大樹の迎えに行くと言って出かけようとしたので、コンビニに便乗させてもらおうと思ったのだ。
寮長と一緒なら、門限破りも黙認だ。
いわゆる保護者扱い、だった。
「二人より、三人のが安全か…」
寮長が変なことを、ぼそりとつぶやいたのは、気のせいかと思っていた。
帰り道。
突然、がくんと車が揺れた。
「うおっ!」
一度ではなく、二度三度。
しかも、どんどんひどくなる。
「うしろっ!」
大樹が叫んだ。
こいつでも叫べるのかと、感心している場合ではなかった。
大型の車が、さっきから追突していたのだ。
ガリガリッ。
一発目の不意打ちで強くぶつかられ、後部がへしゃげてタイヤに当たっている。
そんな音を、車好きのツカサは拾っていた。
これでは、スピードをあげて振り切れない。
「なんだよこりゃ!?」
ツカサの悲鳴に。
「なんかにしがみつけ!」
寮長の怒声が飛んだ。
次の瞬間。
ハンドルが大きくきられた。
物凄い横Gに、ツカサはドアにしたたかに打ち据えられる。
歪んだ車体に、擦れたタイヤがバーストする音。
車はスピンしながら反対斜線を越え、歩道の縁石にぶつかってようやく止まった。
工場通りの夜道――人気のなさだけが、事故を小さくしてくれた。
「いでで」
ツカサが顔を上げると、トラックではなく、マイクロバスが近くに止まった。
なんだなんだ!?
一斉に降りてくる人間たち。
その手には――
運転席の寮長が、静かに両手を上げた。
何の冗談だよ! これは!
ツカサも、真似せざるを得なかった。
突き付けられているのは――銃だったのだ。
唯一、ホールドアップしなかったのは、大樹。
お気楽にも。
気を失っていた。
※
マイクロバスに引きずり込まれ、すぐに縛り上げられた。
「こりゃ、一体なんの冗談だよ」
あきらかに外国人も混ざっている集団の中で、ツカサは唯一味方で、意識のある寮長を見た。
びびりまくっているのは、声に出ているだろう。
そんなことを気にする余裕などない。
「お前は、なるべく早く気を失えよ」
しかし、どんな説明より先に変な答えが返ってくる。
「やぁ、田島くん」
ツカサが問い返そうとした言葉は、一番前の席から歩いてくる男にさえぎられた。
右腕だけ、まるでポパイのように隆起している。
「やっぱり、あんたか」
寮長は、とてもとても深く息を吐いた。
お互い知っている相手のようだが、とても仲良しには見えない。
これがタチの悪いどっきりだと祈りたいが、ツカサは黙っているしかなかった。
彼のケンカ本能では、計りきれない相手だったのだ。
「お前に投げられた傷が痛む度に、お前に会いたくてなぁ。まあ…じっくり語り…あおうや!」
ごっついアーミーシューズの、一蹴りが入る瞬間――ツカサは目をそむけていた。
ごほごほと、寮長が激しく咳き込む音。
い、いったい何やらかしたんだよ!
こんなヤクザみたいのの恨みを買うなんて。
やっと、寮長が早めに気を失えと言った理由が分かった。
それが、いま一番身を守る方法に思えたのだ。
り、寮長が殴られんのは、自業自得だ!
寮長の苦悶の声と、殴りや蹴りの鈍い音を、ツカサは必死で聞かないようにした。
いまばかりは、さっさと気絶した大樹が羨ましい。
オレは無関係だろ!? 帰してくれよー!
こんなひどい有様でも、車はどこかへ向かって走り続けている。
どこに連れていかれるのか、はたまた、これからどうなるのか。
ツカサは、最悪の予想から逃げ回るので精一杯だった。