ウェイトレスは空気を読まない
☆
どこか怪我をしているらしく、動きに不自然な鈍さがあったおかげで、田島は勝てた。
もし無傷だったなら、吹っ飛ばされていたのは、彼だったかもしれないのだ。
しっかし。
本気で、一撃目から腕を振り出してきていた。
ヤンキーでもヤクザでもなさそうなのに、人を殺傷することにためらいがない。
ありゃあ、やばいな。
田島の見立てによると――右腕の男の方は、命の取り合いをしたことがある。
一度や二度じゃなく。
「はい、車のナンバーは…」
助手席の大樹は、田島に借りた電話で、再び連絡をしていた。
大樹が気にしていた、ハムと呼ばれた男のことはよく分からないが、あんな危ないのとつるんでいるのだから、ロクなもんじゃないだろう。
いろいろ報告し終わったあと、電話を切った大樹に。
「事情はしらんが、もうかかわるのはやめとけ…」
今回、先に狙われたのが田島でよかった。
大樹だったら、最初の一発目で、頭をホームランされていただろう。
「はい」
まったく反抗する様子もなく、彼は素直に答えた。
あんな大立ち回りを見せられては、素直にもなるだろう。
「あの」
しかし、眼鏡の坊やの話は終わっていなかった。
ん?
顎先だけで反応する。
「後で、吉岡さんが事情を聞きにくるそうです」
協力、お願いできますか?
この眼鏡に危ない橋を渡らせる張本人がおでましになるようだ。
「そらぁ…」
ハンドルにかけた左手の関節が、無意識にボキリと鳴る。
「そらぁ…楽しみだ」
※
ああ、なるほど。
田島は、大樹に紹介された中年男を見て納得した。
見事な白髪だったのだ。
これが、彼らのいう『白髪』か、と。
場所は、会社近くのファミレス。
安い飯をおごってくれるそうだ。
一番奥の角の席に座り、男三人、どうでもいい夕食を注文する。
ふーむ。
「吉岡さんって…刑事?」
ウェイトレスが離れた途端、田島は思ったことを口にしてみた。
「違います」
いきなりのジャブに――しかし、白髪の男は動じなかった。
そして、否定。
「刑事でもないのに、なんであんな危ないの追い掛けてるんですか?」
声に刺が乗るのは、命がかかったせい。
自分だけのではなく、大樹と二人分。
「寮長…」
いきなりの不穏な空気に、大樹が珍しく口をはさんできた。
一体、どこでこんな得体のしれないおっさんと知り合ったんだか。
「すまなかったね、探していたのは、もう一人の男の方で、そんな危ない人間と一緒だったことは気付いてなかったんだよ」
本当に心配した目で、二人を見る。
無事でよかったと、その瞳が動く。
「すみません」
田島の反応より先に、大樹の方が答えた。
いつもより、更にテンションが低い気がする。
あの事件が、よっぽどこたえたのだろう。
「いいんだ…ただ、今度からはすぐに逃げなさい。連絡はしなくても構わないから」
「はい」
なんというか。
田島は、馬鹿らしくなってきた。
この眼鏡をたぶらかして、危ないことをさせようとしている相手なら、どうしてくれようかと思っていたのに。
フタを開けてみたら、まるで保護者のようではないか。
彼の仕事の手伝いをすることを、良しとしていない。
大樹が、白髪な男に役立とうと頑張った――それが、結論か。
やれやれ。
「聞きたいことが、いくつかありますが、いいですか?」
とりあえず、穏やかな夕食になりそうな気配にため息をついて、田島は切り出した。
しかし。
ウェイトレスが夕食を運んできてしまったので、しばらくおあずけとなってしまった。