あの化け物、なんだ?
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「な、なにしてんだ!」
泡をくった声で、小太りの男が騒ぐ。
泡をくったのは、大樹も同じだった。
突然現われた、謎の男。
襲われた寮長は、それをすんでのところで回避してくれた。
彼の運動神経のたまものだ。
「ハム! こいつら白髪を呼びやがった!」
一撃をよけられてカッとしたのか。
辺りもはばからず、男は怒鳴りながら寮長に飛び掛かった。
右の腕だけが異様に太い男。
あんなのに殴られたら、骨が砕けそうだ。
「白髪!? やばっ!」
一方、ハムと呼ばれた男は、右腕とは真反対の動きを取った。
車に飛び乗ったのだ。
「なにやってんの! はやく!」
寮長を捕まえようと、右腕を振り回す男をハムが呼ぶ。
しかし、聞いている様子はない。
「車に乗ってろ!」
ハンマーのような腕をかわしつつ、寮長が車のキーを放り投げる。
彼もこの場を立ち去るつもりなのだ。
足元に落ちたカギをあわてて拾う。
ハムの車のナンバーだけを頭にたたき込み、大樹は車のロックを開けた。
「だぁぁ!」
振り向くしかない、腹の底から力を絞りだす声。
寮長は、暴漢の左腕を掴み、体をすべりこますや。
体を一気にひねり――絵に描いたような体おとしを決めたのだ。
「湿布も買ってもらえ!」
首筋まで興奮で赤くしながら、寮長は身を翻す。
「急げ、乗れ!」
目を奪われていた大樹は、あわててカギを返して乗り込んだ。
急発進に、体がシートに縛り付けられる。
運転席からは、まだ荒い息遣い。
赤信号で止まった時、寮長はハンドルに突っ伏しながら、最後の息を整えた。
「あの化け物、なんだ?」
そう聞かれても――大樹に答えられるはずがなかった。