ツキと扉
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番号なら、覚えている。
かけたことなどない。
本当に、そこにいるのか調べてもいない。
でも――彼が、ずさんな真似をするとは思えなかった。
『はい、○×製薬株式会社』
よどみない声の女性が電話に出た。
大樹の予想の範疇だ。
「営業部長の吉岡さんはいますか?」
大樹の声に、ちらりと寮長が反応した。
ドラッグストアの目の前の駐車場。
ここなら、あの男が出入りしたらすぐに分かる。
『申し訳ございません、生憎吉岡は営業に出ております』
しかし、大樹はついていなかった。
伝言できると言ってくれたが、どう言葉にすればいいのか。
あ。
もう一つの可能性が、意識をよぎる。
「小野さんは、いますか? 化学部署だと思います」
間が、あった。
大樹の問い合わせの後に流れる、不自然な間。
そこで、初めて大樹は名前を聞かれたのだ。
『お待ちください』
電話が保留に変わる。
つないでくれる、と言うことなのか。
小野と会ったのは一度だけ。
彼は、大樹のことを覚えてくれているだろうか。
保留音が――止まった。
「はい、代わりました…小野です」
彼のツキは、どうやら踏みとどまってくれたようだった。