こころ
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「じゃあ…」
そう大樹がつぶやいた時、彼の脳裏には、物凄いスピードで、大量の情報と疑問が駆け巡っていた。
自分に心がある=貴恵や貴恵の母に心がある=世界中の人に心がある。
大樹が一番最初に捕まえた基本理論がそれだった。
何を当たり前のことを、と言われるかもしれない。
誰もが小さい頃から、親なり学校なりに教え込まれるそれ。
だが、自分に心があるように、相手にも本当に心があるのだと。
自分が見ていない間にも、生き、考え、動いているのだと――そう意識したことは、大樹にはなかったのだ。
かろうじて、一番近しい貴恵親子の存在こそは、彼は特別視しているが、貴恵が何故自分によくしてくれるのか、その心の動きを考えたことはない。
いい人だから。
そんな単純な言葉では、心を表すことなんか、本当はできないはずだ。
大樹の存在を、人が『勉強ずき』と一言でくくってしまうが、それは正しい意味ではないのだから。
その事実は、大樹に強い衝撃を与えた。
またも、意識もしていなかった新しい知識が、彼の脳のしわの間を走り抜ける。
じゃあ。
犬も鳥もヘビもカエルも魚も植物も――アメーバも。
すべてに心があるのか?
もし。それが違うというのなら、どの生物に心があるのか。
進化のどの段階で心を獲得したのか。
なぜ、進化の途中で心は消えずに残り続けたのか。
猛烈なスピードでめぐる疑問とショック。
「言いかけてやめんなー!」
貴恵の母に、鋭く突っ込まれた大樹だったが、自分の中で処理できない膨大な情報に、呆然とするしか出来なかった。
だから。
「じゃあ…ほんとうに二人にも心があるの?」
混乱する頭のまま、大樹は分かっているのに分かっていなかったことを口走ってしまう。
「「当たり前だろ!」」
見事にハモった親子の声と共に、鋭い平手の突っ込みが入ったのだった。