似合う、似合わない
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貴恵の美容師修業は、前よりもさらに気合いが入った。
本当にこれから、大樹の髪を切るのだと、具体的な目標が目の前にぶらさがったからだ。
特に、男性カット。
おしゃれヒゲは、男性カットでも定評があり、彼が仕事をしている時は、食い入るように見ていた。
教えてもらえないことは、盗むしかないのだ。
「貴恵ちゃん、チーフを熱い眼差しで見すぎだよー」
そう、ひやかされてしまうほど。
女性スタッフにも人気があるから、軽く牽制されたのかもしれない。
しかし、それに吹き出したのは貴恵ではなく、おしゃれヒゲ自身だった。
「色気のある視線に、俺が反応しないわけないだろ…ありゃ、弟子の目だ」
貴恵の胸に、図星が突き刺さる。
そんなに色気がないのかと、逆にがっかりしてしまうほど。
確かに、そんな余裕なんかないのだが。
「メンズに興味あるなら、そこの古雑誌、持って帰っていいぞ」
時期の過ぎた雑誌を顎でさされる。
薄給の貴恵にはありがたい申し出だった。
ひと抱え、よろけながら持ち帰り、布団の中でぱらばらめくる。
これは大樹に似合う、こっちは似合わない。
仕事疲れでうとうとしながら、貴恵はそんなことばかり考えていた。