棚にしまわない
□
これから知らないところで、生活を始め、知らない人たちと暮らすことが、心細いわけではない。
大樹にとっては、人も観察材料になっていたから、どういう人に出会っても、自分なりの分類をして、棚にしまうだけだ。
ただし。
一部の人だけは、棚にしまわないようになった。
吉岡や美津子――そして、貴恵。
大樹に好意を向けてくれる人たちだ。
彼が生きたいと願う心を、助けてくれる人たち。
特に貴恵の心は、一番心に響く。
言葉が、強く強く訴えかけてくるのだ。
『忘れないで』と。
他の言葉を言いながら、一番強く伝わってくるのがそれ。
ああ。
心配することなどないのに。
大樹が貴恵を忘れるなんてありえないのだから。
恩義は勿論、言い尽くせないほどある。
それ以外に。
大樹の中に忘れたくない気持ちが生まれていた。
貴恵を小さく感じた、あの時に芽吹いた何か。
彼女は、強いリーダーでもなんでもなく、年相応の女の子なのだ、と。
まだ、大樹は頼りなく、頭でっかちなだけだが、生まれた気持ちとバランスが取れる日を、自分でも待っている気がした。
15才にはまだ、うまく噛み砕けない気持ち。
そのもどかしさ。
「うん…貴恵ちゃん」
そのもどかしさが胸に詰まって――大樹は鼻先が、つんと痛んだ。
生まれて初めて感じる痛みだった。