勘違いの兄弟仁義
○
「おめでとーっ」
貴恵と美津子は、華々しくクラッカーをぶっぱなした。
ケーキにチキンにサンドイッチにジュース。
三人のプチパーティなら、こんなものだろう。
ジュース以外は、貴恵が腕をふるったものだ。
クラッカーの中身は、いずれも大樹の頭に降り掛かり、彼の跳ねっ毛を、カラフルに彩った。
「いやーこれで扶養家族がなくなるー」
酒のような手酌っぷりで、美津子は乾杯もせずにジュースをあおった。
もー、と貴恵は母の持つボトルをひったくって、二人分グラスに注いだ。
片方を大樹に渡す。
「おめでとう」
かちんとグラスを合わせて、小さくもう一度お祝い。
貴恵はもう卒業式が終わり、大樹ももう少ししたら卒業だ。
お互い三月後半から、仕事につくことになる。
だから、なんとしても今日あたり、貴恵は大樹と話をしたかった。
きちんと。
話といっても、ほとんど貴恵がしゃべることになるだろう。
大樹は相づちを打つだけだろうが、それでも彼の気持ちを理解できるかもしれない。
だから――こういうのだ。
『卒業しても、たまには遊びにこい』
貴恵の働く美容室は通勤圏内で、ここに住み続けるのだ。
看護婦と美容師の親子だから、時間は作りにくいかもしれないが、ご飯くらいは一緒に食べられるだろう。
この問い掛けに、大樹はうなずくだけでいい。
それだけで、貴恵はきっと心が軽くなるのだ。
そしてきっと、うなずくだろうと思っていた。
※
なのに。
何故、返事をしない。
祝いごとにも飽きはじめる時間。
ついに美津子はテレビを見はじめ、二人も手持ち無沙汰になった。
そこで、何気ない風を装って、貴恵は切り出したのだ。
「就職しても、たまには遊びにこいよ」と。
大樹は――無反応だった。
うなずくでもなく、拒否するでもなく、さっきまでと変わらない姿勢のまま、視線も変えないまま。
そのまま、何秒も、何十秒も過ぎていく。
想定外だった。
なんだかんだいって、血のつながり以上の何かがあるんじゃないかと。
貴恵はいろいろ考えて、心を奮い立たせたというのに。
かぁっと、羞恥や情けなさで頭に血が昇る。
いたたまれない、というのは、きっとこういう瞬間のこと。
それが、貴恵の中でドカンと爆発する。
「嫌でも、返事くらいしろ! ばか!」
飯台を、両手でばぁんとぶったたいて――貴恵は部屋を飛び出した。
ひっかけたのは、サンダル。
悠長に靴なんかはけなかった。
サンダルをガタガタ言わせて、自分でも信じられない速さでアパートの階段を駆けおりる。
「大樹のぶぁぁぁーかっ!」
体の奥底からこみあげる塊を、貴恵は叫んだ。
女子高生のやることではなかったが、何か吠えなければ、おかしくなってしまいそうだった。
うえ。
その後を襲ってきたのは、猛烈な涙。
人生最大の屈辱感。
やぶれかぶれに、何かをぶちのめしたい衝動が、貴恵の心をいっぱいにする。
勘違いの、兄弟仁義。
「ばーろー…」
貴恵は、空を見上げてそう呟く。
もう――怒鳴る気力がなかった。