白状
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眼鏡、そんなに嬉しかったんだ。
大樹のくれた、初めての「ありがとう」に、貴恵は押しつぶされそうになっていた。
しかも、吉岡の次のありがとう、だ。
まるでそれが、大樹の好意の順番のように思えて、更にやるせない。
帰り道。
吉岡は、まだ仕事があると去ってしまったから、重苦しい二人きり。
いや、重苦しいのは貴恵だけなのかもしれない。
いつもの平凡な景色なのに、大樹はさっきから周囲を見ずにはいられないようだった。
いつもと一緒よ!
口になんか出せなかった。
出せば、きっと眼鏡を喜ぶ大樹を傷つける。
いっそ傷つけてしまいたいくらい、貴恵もへこんでいたのだが。
「吉岡さんと、ずっと会ってたんだね」
かろうじて、口から出た恨み言はそれ。
大樹が変わるきっかけは、いつも自分以外の人だ。
貴恵の母親だったり、吉岡だったり。
最近、大樹が返事をするようになったのも、きっと吉岡絡みに違いない。
自分だけが、大樹に影響力がなく、大した存在じゃないのだ。
貴恵の思考は、どんどん後向きに走って行った。
「貴恵ちゃん?」
怪訝な呼び掛け。
こんなに、名前を呼ぶようになるなんて。
「呼ばないで!」
反射的に、貴恵はそれを拒絶しようとした。
呼び掛けにさえ、吉岡の影を感じたのだ。
びくりと――息を止めたのは、大樹だった。
すうっと、青ざめる顔。
あっ。
貴恵は、自分が地雷を踏んだことに気付いた。
誰だって、人に拒絶されて喜ぶ人などいない。
ましてや、大樹は愛されるべき相手に拒絶されてきたではないか。
いつもとは違う、思考停止の顔。
「あ、大樹…大樹、息しろ! 息しなさい!」
貴恵の方が青くなって、強く大樹の胸を打った。
げほっと、むせるように彼は息を吐き出す。
なんてことを。
子供じみた感情で、彼が一番されたくないことをしてしまった。
でも――子供なのだ。
貴恵だって、子供なのだ。
大樹の母親代わりをやってきたとはいえ、まだ18歳。
うまく、自分を扱えないことの方が多かった。
「違うから、大樹。おまえが悪いんじゃない」
咳き込み続ける大樹の腕をぎゅっと掴む。
「吉岡さんが、私より大樹の事を知ってて、お前が吉岡さんのことを好きだから」
だから。
「だから、嫉妬しただけなんだ…」
18歳の――子供じみた白状。