新しい世界
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文字通り――世界が変わる瞬間を体感した。
きちんと自分用に調整され、貴恵の選んだフレームにおさまった眼鏡をかけた時のことだった。
一瞬、くらっとする視界の洗礼を受けた後。
あぁ。
まるで、朝一番の太陽を浴びた気分になる。
なにもかもが、明るくはっきり見えた。
吉岡の顎のヒゲのそり残しまで。
貴恵たちは、いつもこんな鮮明な世界を見ていたのか。
貴恵は、なんだかバツが悪そうに大樹を見ていた。
彼女の顔を、大樹は知っているはずた。
ちょっと気の強そうな、でも人情味あふれる顔。
でも。
記憶の中の彼女よりも、いまの方が断然光って見えた。
眼鏡屋の明るい照明が、貴恵の生気さえ照らしだしているように。
「ありがとう…吉岡さん」
なんだろう。
大樹は、泣きたくなった気がした。
大樹のそばには、まだ綺麗な世界があるのだ、と。
こんな鮮やかな角度に満ちているのだと。
15という年になって、やっと知ることが出来た。
見てはいたが、見えていなかった――大樹が愛したいと思う世界。
この日は、大樹の人生の中で忘れられない日の一つになった。
「いま、1000円しか出せないけど」
支払いに向かう吉岡に、貴恵がお金を出そうとしている。
「いいんだよ」
差し戻そうとする彼に。
「出したいの!」
いつもの貴恵とは違う、切羽詰まったような声。
そんな表情は、すべてレンズを通して大樹に見える。
「そうか…じゃあ一緒にプレゼントすることにしよう」
吉岡は少し困ったように笑った後、それを受け取った。
大樹から離れたところで起きたやりとり。
眼鏡は、見えすぎることもあるのだと、知った瞬間でもあった。
「貴恵ちゃん」
彼女の名をを呼んでみる。
こっちを見ない。
なぜ、目をそらすのか。
「ありがとう…」
大樹が、彼女に初めて言った言葉だと――気付いてくれただろうか。