ゼロコンマ2
○
ここって。
「めがね屋さん…?」
喜恵は、疑問符を拭えないまま看板を読んだ。
「そう、大樹くんは相当目が悪い、と思ったんだがね」
違うかな?
と聞かれても、貴恵に答えられるはずがなかった。
そうなの?
大樹の方を向くと、彼はただ眼鏡屋を見ているばかりで。
確かに、本にはいつも顔を突っ込むように読んでいる。
そういう気配がなかったわけではない。
「まあ、視力を計ってみれば分かるさ」
動けない二人を、吉岡は店内へ引っ張りこんだ。
学校でも馴染みのある視力測定器はなく、店員の案内で、変な機械みたいのを覗かされる大樹。
「両目とも0.2ですね」
すぐに出た結論に、貴恵は顔を曇らせた。
そんなに悪かったんだ、と。
彼女の目はいいし、大樹も日常生活で困った素振りは見せなかったから、まったく想定できなかった。
「あ、大樹くんに似合うフレームを選んであげてくれないか?」
現状に対応できないでいる貴恵に、吉岡がにこっと笑う。
うう。
心中、とても複雑だった。
付き合いの長いはずの貴恵に分からなかったことを、あっさり見抜かれたせいだ。
これではまるで。
彼女が大樹をないがしろに扱っている気分だ。
だって、大樹がほしいって言わないから!
そう思った自分を、即座に呪う羽目になる。
言うはずなどない。
あの大樹が、我慢できる範囲のものをほしいなんて口にするはずがなかった。
あーもう。
黒縁、銀縁、フレームなし。
やけっぱちになりながら、貴恵はフレーム売場を眺め回した。
悔しかった。
大樹のことなら、自分が一番知っているはずなのに。
「吉岡さん、あの」
どんどん進む話を、止めようというのか。
大樹が、年長者を呼び止める。
それに吉岡は、人差し指を自分の口に当てるような仕草で答える。
何も言わなくてもいいのだ、と。
仲、いいんだ。
一年ぶりにあった二人には見えない。
少なくとも、大樹が彼に心を許しているのが分かった。
言葉にならないもどかしさ。
あの大樹の良さを分かって仲良くしてくれる人がいることを、本来喜ぶべきなのだ。
それなのに。
「これ!」
わりと小振りの、横長銀縁を掴む。
似合うかどうかより、自分の中の黒い塊から逃げる方が先だった。
「やっぱ、若い子はおしゃれなのを選ぶね」
吉岡の感心した声も、いまは彼女を針のむしろにするだけ。
貴恵は、早くこの店を出たかったのだ。
もっと、ちゃんと選んであげればよかった――そう思うのは、もっと後の話だった。