アメーバの夢
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自分の家のドアを開けた瞬間、大樹は心臓が止まりそうになった。
貴恵の家で食べたおいしい夕食が、食道に逆流しそうなほど。
母が、いたのだ。
具合の悪そうな青い顔で、しかし、大樹を認識するなり冷たく睨む。
おそらく風邪で、店を休んだのだろう。
久しぶりの家での対面に、大樹はどうしたらいいのか分からなかった。
そのまま、玄関につったつ。
先に動いたのは、母。
「…気持ち悪い」
そうつぶやいて、自分の部屋へ立ち去る。
具合の悪さにか、それとも大樹の存在にか。
そういう扱いには慣れている。どっちの答えでも、おかしくはなかった。
大樹は――静かに静かにドアを閉める。
1デシベルも音をたてないように、彼は古い畳を踏んで歩いた。
無理に口を開けて、意識をして静かに息を吐く。
でないと、呼吸を忘れそうだった。
もう少しだ。
自分に言い聞かせる。
もう少しで、この感覚ともお別れなのだ、と。
人、というものを、知ろうとした。
好意もやっと受け返せる道を見つけた。
なのに、あの針金のような嫌悪にだけは対応できないまま。
言葉も思考も体も、ただの幼児になった気分にさせられる。
ごほごほっと、薄い壁の向こうから咳こむ音。
それにさえ、刺されている気分だった。
大樹は、布団を頭からかぶった。
その音を遮断するためだ。
もうすぐ、大樹はここから自分を救い上げられる。
使い物にならない自分と別れられる。
頭の中を、紀元前から中世までの歴史でいっぱいにして、大樹は現実から逃れようとした。
でも。
やっぱり、夢にアメーバは出てきてしまった。