こたえ
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高校卒業したら、働くことは決めていた。
普通高に進学したのを、入学後に後悔したくらいだ。
工業や商業、あるいは農業高校などで、生きるための技術を身につけておくべきだった、と。
なりたいものは、残念ながら見つけられなかった。
ただ、母の影響か、手に職をつけられる仕事を選びたくて。
大樹の髪を切りながら、ふと、美容師になるか、と思ったのである。
気軽に思いついたが、かなり過酷な修業時代になるだろう。
しかし、それは結局どんな技術を身に付けるにしても同じことだ。
看護婦も考えてはみたのだが、母と同じ仕事よりも、違う方向の方が互いのためになりそうな気がした。
なにしろ、あんな跳ね頭で帰ってくる無頓着な母なのだから。
それに。
これからもずっと、大樹の髪を切るつもりでいたのだ。
彼が仕事についても、自分の髪を気に掛けるとは思えない。
放っておくと、すぐくしゃくしゃに前髪を伸ばすだけなのだ。
それが叶わなくなるだろうことを、つい最近自覚してしまったが。
だめだなー。
寒風の中、図書館から二人で帰る道すがら、貴恵は鼻をすすった。
すっかり、涙腺がゆるくなってしまったようだ。
気を抜くと、すぐにほろりときそうになる。
冬だから、鼻くらいすすっても怪しまれないのは助かるが。
「大樹と私のお祝いしようかー」
この間の大泣き以来、貴恵は少しずつ自分をコントロールしてきた。
高校生なのに、子離れのような淋しさを覚えるなんて。
そう、貴恵は自分の感情に理屈をつけていた。
「自分で自分の祝いって変だけどさ」
あはは。
こういう祝いの幹事は、いつも彼女の仕事だ。
母は無頓着すぎて任せられない。
自分の誕生日も自分で準備していたから、別段珍しくもなかった。
「うん…」
ああ。
横で、ぼそりと大樹が答える声に、貴恵は震えに似た感覚を覚える。
図書館でもそうだった。
答えなくてもいい、たあいない話にでも、大樹は答えを返してくれたのだ。
これまでの大樹との生活を考えると、とてつもないことだった。
なにかが。
なにかが、大樹の中で変わったのだろうか。
自分の意思を、自分から伝えようとしている気がした。
一体なにが――
聞いてみたいのに、聞くとまた彼が元に戻ってしまいそうで聞けない。
「よ、よーし、腕によりをかけるぞー」
聞けないまま、右腕をぐるぐる回し、貴恵はやる気をアピールしてみせた。
大樹は、もう答えを返さなかったが、少し細めた目で、彼女を見る。
一瞬、中学生とは思えない、大人びた顔に感じた。