ぉがぁざん
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うれしいなぁ。
そう言って、貴恵は泣くのだ。
衝撃的な事件だった。
何故、彼女が泣かなければならないのか。
テレビドラマとかでは、ぼろぼろ泣くくせに、日常では泣くところなど見せない。
いつも前向きで、元気がよくて――そんな彼女が、大樹のために泣くのだ。
どうしたらいいんだろう。
だから、大樹も戸惑う。
彼の記憶の中に、今と同じ経験がなかった。
これは、なんなのか。
いつも大樹の先を行って、手を引いてくれていた貴恵が、小さく、たよりないものに見えた。
とても、三つ年上には見えない。
「貴恵ちゃん…」
右手を伸ばす。
小さくて、なんでかわいそうに見えるのか。
祝ってくれているはずなのに、どうして悲しく見えるのだろう。
大樹の指が――
「ほい! そこで、がばっと抱き締める! 男だろ! いらいらするなー!」
突然。
伸ばした手を、驚かせる声がとんできて、大樹の中で、一瞬時間が止まった。
「ぉがぁざん…」
扉には美津子。
何故、喧嘩をするようなファイティングポーズをしたまま固まっているのか。
「あ……」
二人の視線が自分に集まっていることに気付いた美津子は、はっとした顔で、こぶしをほどいたのだった。