嬉し泣き
○
「そっか、工場の寮に入るのか」
あるがまま――大樹は育って中学三年も終わろうとする冬。
貴恵は、大樹の身の振り方が全部決まったことに、ほっとしながらも寂しさを覚えていた。
精密機械を作る工場が隣の市にあり、大樹はそこに就職を決めた。
会社から通える範囲に夜間高校もあり、発表はまだだが、きっと合格しているだろう。
改めて大樹の口から聞かなくても、それがどういう意味かは、貴恵にだって分かっていたはずなのに。
「うん」
図体も貴恵より大きくなって、もう声は昔には戻らない。
うれしいことなのに。
貴恵は、この瞬間ほど、大樹が自分の兄弟ではないという事実を、痛感させられたことはなかった。
一度、遠くに離れてしまったらもう、彼が隣の家に帰ってくることはないだろう。
ということは、貴恵の家とも疎遠になるのだ。
今時、携帯も持たないのだ。連絡を取ることも、ままならないだろう。
昔、面倒を見た弟のような男の子がいた――そんな思い出になってしまうのか。
「貴恵ちゃん」
大樹に名前を呼ばれた。
奴が名前を呼ぶなんて滅多にない。
何か起きたのか。
「うえ……」
大樹の異変に声をかけようとしたら、貴恵の声が裏返った。
ひっく、と自分の喉がしゃくりあげる。
ば、ばか。
鼻水をすすりあげる。
泣いてんじゃねぇ。
腕まで使って顔を拭う。
大樹がびっくりして、名前呼んだじゃないか。
口を手で押さえる。
「よ…よかったなぁ…めでたいなぁ」
そうだ。
これは。
嬉し泣きなんだ。