14年目の決断
○
「製薬会社?」
吉岡の名刺を眺めながら、貴恵はその部分を復唱した。
「そう、この間、大事な薬品の資料が盗まれてね。たまたま、彼がそれを見つけて覚えててくれたんだよ」
おかげで助かった、と吉岡は続ける。
貴恵は大樹を見た。
本当なの?と、アイコンタクトを送るが、彼はじっと吉岡を見ているだけで、反応はない。
「中学生なのに、たいした記憶力だな」
心底、感嘆する声。
ふふん。
大樹をほめられて、なぜか貴恵までうれしくなる。
「記憶力だけじゃないですよー」
鼻たかだか。
貴恵は、ついつい調子に乗って大樹の賢さを語り始めた。
普段、母親くらいとしか彼の話ができないのだ。
大樹はこんなにすごいのだと、ずっと誰かにアピールしたくてしょうがなかった。
だから、聞かれてもいないことを、ぺらぺらとしゃべくったのだ。
「それはすごいな。大学を卒業する頃には博士になってそうだ」
ははは。
吉岡の笑いは――しかし、貴恵を固まらせる結果になった。
「ん?」
突然変わった空気に、吉岡は即座に反応する。
ああ。
貴恵は自分が調子に乗って、地雷を踏んだことを知った。
高校でさえ、どうなるか分からないというのに大学なんて。
しかし、吉岡の言葉は普通の反応に違いない。
彼を責めるわけにはいかなかった。
「も、もしかして、大樹くん…」
その空気を読んだのか、吉岡は大樹に声を向ける。
言わないで、言わないで!
声にはできなかった。
まだ、貴恵でさえはっきり本人には言えていないのだ。
毎日、ただ勉強するだけで楽しそうな大樹に、厳しい現実をつきつけきれずにいるのに。
「進路、決まってないのか?」
あぁ。
中学二年生――たっ14年しか生きていない男の子に、なんてことを。
貴恵は、大樹を見られなくなり、うつむいた。
そのまま、長い時が流れた気がしたが、実際はほんの数秒後。
「ぼくは…」
予想以上に淡々とした声。
「ぼくは…はたらくつもりです」
14年。
生まれて14年で、彼は既に大きな決断をしていたのだ。
貴恵はうつむいたまま、じわっとくる目を強く拭った。