ケーキになんかなかった
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なるほど、お隣さんか。
吉岡は、女子高生のうちへと通されながら、そう納得する。
大樹という名前を手がかりに、少年の方はすぐに調べがついた。
母親は水商売。
過去に何度か児童虐待の嫌疑がかかっている。
虐待や育児放棄された子供は、表情がとぼしくなる。
大樹も、どうやらその口のようだ。
「お茶いれてくるね」
まだ、吉岡に警戒心ばりばりの彼女は、大樹に気を付けろと言わんばかりのアイコンタクト。
「おかまいなくー」
母親には恵まれなかった子だが、お隣さんには恵まれたようだ。
男っ気の感じられないこの部屋の住人も、きっと母子家庭だろう。
仕事柄、すぐ観察するくせがある。
おかげで、特徴のある部屋にくると、手に取るように分かってしまう。
父親は死別ではなく、離婚。
母親は看護婦で、親子仲はよく、普段娘が家のことを切り盛りしている。
台所が丸見えの部屋の構造から、彼女が手際よくお茶の準備をしているのがよく分かった。
飾ってある母娘の写真では、どっちが子供か分からない大きな笑顔。
一方。
「……」
表情に乏しい顔で、大樹は吉岡を見ていた。
その目だけは、ぼーっとはしていない。
部屋や彼女を観察する吉岡を、観察する目だ。
目ぢからだけはあるよな。
吉岡は感心した。
彼が調べた大樹のファイルは、家庭環境や学校での成績、新聞配達のアルバイト。
相手は中学生で、これまで生きてきた年数の少なさから、公式資料は少ないのだ。
「大樹くん、ケーキは好きかい?」
白い紙箱を掲げてみせるが、大樹の目は箱ではなく吉岡へ。
「あれは、つくるとなんになるの?」
とつとつとした、声変わり途中の声。
少年の頭は、最初からケーキになんかなかったのだ。