変わらないところ
○
よかった。
信号が変わるのを待って、貴恵は急いで横断歩道を渡った。
「大樹!」
言いたいことは、いろいろある。
帰ってきているなら、連絡くらいくれてもいいのだ。
携帯を持っていない、自分にも問題はあるのだが、連絡する手段など、なんだってあるのに。
横断歩道を渡って、大樹の目の前に立つまで――貴恵は浮かれていた。
当たり前だ。
彼は、危険な仕事に行ったのだから。
しかし、目の前に立ったら、大樹の様子がおかしいことに気付いた。
「貴恵…ちゃん?」
ラジオの周波数が、合いきれていないような声。
「ちーっす」
いつも通りの金髪くんの挨拶は、貴恵の耳からするりと抜けていった。
「大樹?」
灼けた肌のせいで、顔色が読みづらい。
貴恵は、手を伸ばした。
少し伸び掛けの、彼の前髪を払う。
あらわになる、おでこ。
ぺしっ。
ぶつける勢いで、手を押しつけた。
「吉岡さん呼んで!」
即座に、貴恵は金髪くんに言った。
「は?」
間抜けな返事。
「自分でも分かってないでしょ、大樹…熱あるよ」
いつも黙っているから、大樹の病気は分かりにくい。
子供の時からそうだ。
本人も自覚が薄くて、貴恵も何度も見落としてきた。
「熱?」
まだ、周波数の合っていない声が、それを復唱する。
次の瞬間。
がくっと、大樹の膝が折れた。
「ちょっ!」
貴恵も一緒に巻き込まれそうだったが、金髪くんがすんでで大樹を確保してくれた。
自分が病気だと自覚したせいで、どっと押し寄せてきたのだろう。
まったく、もう。
大人びても、こんなところは変わらないのだ。




