アーシャなんかいない
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大樹は、四つの仕事をこなさなければならなかった。
車の乗り換え。
田島たちとの合流。
吉岡への連絡。
そして――ツカサの機嫌を治すこと。
すっかりふてくされてしまい、座席にふんぞりかえってあらぬ方を見ている。
優先順位で動いてしまったため、ツカサへのアクションが、後回しになったせいだろう。
今も、優先順位からしたら、ツカサのことは最後になる。
しかし、礼も言わなかったと、向こう五年はこじれそうだ。
「ツカサ…助かった…ありがとう」
どうして来たかとか、パスポートは持っていたのかとか、聞きたいことはあるが、後回しだ。
「フンッ」
しかし、ツカサのグレはおさまらないらしく、鼻先で却下された。
んー。
もう少し、言った方がいいかと考えかけたが、怒っている最中に何を言っても効果減だろう。
とりあえず、筋は通したから――優先順位を戻す。
大樹は、ナビをしているワンの方へと向かった。
車と田島のことについて、意見を聞くつもりだったのだ。
そんな大樹の背中に。
「ありがとうございます、ツカサ様、だろ」
わざと、ドスを効かせた声で、ツカサがうなる。
「……」
なんというか。
どういう状況でも、ツカサイズムは健在なのか。
大樹の頭を真っ白にさせるような、トリッキーな一撃。
「ああ、うん…後で」
それくらい言うのは構わないが、結構いまは一秒を争う事態だったりする。
「あとでぇ? おぉい、こら!」
大樹が、ワンのところに行ってしまっても、しばらく後ろから、騒がしい声が聞こえてきていた。
「あ、ツカサ…」
そんな、彼には頼みたい仕事があった。
「ちょっと、アーシャの傍にいてやって」
最後部座席を指す。
「え、アーシャちゃんなんかいないだろ…って、ええー?」
ようやくツカサは、アーシャの存在を認知したようだ。
それくらい、今の彼女の存在感は透明に近かった。




