夜行準急-1
終末がにじり寄って来ているという旨を語ってきた者は、少なくない。
幸せを求めた先をそれとなく予測したことで、人類はあたかも未来が見えるかのような幻想に囚われるようになった。
勿論、実際に未来視ができるようになったというわけではなく、あくまでも暴走車のハンドルを切って、崖から転落するのを防いだに過ぎない。
だから、ハンドルを切った先にもまた崖があると気が付かないことには、その必死の盲目運転にはもう何の意味もないのだ。
セントギュンター行きの夜行準急は、13両編成で騒音を立てながら走っている。
今は閑散期なので新鮮な空気を運ぶ列車となっているが、繁忙期はボックスシートに収まりきらず床で寝る者が大量に発生するほどとなる。
7号車の、寝台ですらないお粗末な3等車のボックスシートに、旅人の風をした一人の青年が横たわった。
どう見ても過剰に巨大なラベンダー畑に入った辺りからは、車両のもう片端で酒盛りをしていた中年男性二人が眠ってしまったので、この車両は極めて静かである。
その静けさに集中すればするほど、どこか遠い深淵へと吸い込まれそうな感覚に陥った。
無機質な自動放送は、まるで突然音という存在を思い出したかのように、辺境の農村、アルマゲドン駅に着いた事を知らせる。
寒冷化で小麦の育たなくなったこの大農村は、今や喪中の家と空き家が交互に立ち並ぶようになっている。
列車がブレーキ音とともに止まると、香水の10倍ほどは濃密なラベンダーの香りが車内に漂い、青年はそれに少し咳き込んだ。
今また、鳥の魂は枯れかけたラベンダーの花びらとともに車内を通り過ぎていった。
理科の授業で習うようなそよ風がもはや吹かなくなった今、頬に当たるのはかつて希望に満ちて空を駆け回った鳥たちの遺した想いだけである。
人もまたいずれ、想いだけを遺して消えていく。
死に抗い、それを拒み続けた学者たちは今やその跡形もない。
彼らが讃えた機械の欠片は、セラミックと混じり死の土として山積していく。
その死の土にも、最近また多種多様な植物が茂るようになった。
かつて、大量絶滅が起こった。
だがその先にはまた新たな生物達が生きている。
かつて恐竜に怯えた哺乳類が隠れながら暮らしたのと同様、人の走らせる鉄の塊に怯えながら。
そして人もまた、大自然に怯えながら暮らしている。
今そこに、かつて地球を支配した誇りなどはもう少しもない。
神が愛したのはこの星なのか、はたまた人間なのか。
その答えを宗教は教えてくれなかった。
人類の歴史には再び長い夜が訪れ、そして闇を照らせる新しい燈籠を欲していた。
「座ってもいいか?」
と、ふと老人が話しかけた。
青年は、老人がわざわざ自分の対面に座ったことに特に違和感を覚えなかった。
その人生を刻印したような深い皺と裏腹に、優しい顔をした彼は、荷物を下ろし、そしてボックスシートの向かい、窓側に座った。
車内にはコンプレッサーの音だけが反響する。
その音すら、酒飲みのいびきと干渉してほぼ聞こえない。
不気味なほどに静かなまま、列車はまた動き出した。
夜行列車というのは、夜間に停車する最後の駅を出ると、普通は消灯される。
この3等車は乗客が電灯を操作できず、普段は車掌が切符確認の後に電灯を消す。
だがこの車両が消灯されることは恐らくない。
そこで酔いつぶれている酒飲み二人の片方が、車掌その人であるからだ。
ならば先程停車した時のドアは誰が開閉していたのか、というのは考えたとて無駄である。
この世界では、そういうことは日常茶飯事だから、そういうものとして受け入れる以外には、解決策は存在しない。
荒く波打つ世界に闇が満ちても、それを掻き消す光がないならばそれはもはや闇と呼ぶことはできないのである。
旧版を見てくれた方も一定数いるみたいですが、続きを書こうとしたら深刻な設定ミスを3個ぐらい見つけてしまったのでフルリメイクすることにしました。
月1〜2話程度のペースで更新するのを目指して頑張ります。




