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好きですと言わないための練習会シリーズ

"好き"ですと言わない練習会

作者: 月見酒
掲載日:2026/01/23


「じゃあ、今日もやる?」


放課後のファミレス。

ドリンクバーの前で立ち止まったまま、彼女はそう言った。


「やるって何を」

「好きですって言わない練習」


もう三回目だ。

正式名称はまだ決まっていないが、僕の中ではすでに儀式に分類されている。


「前回、君が負けたからね」

「負けてない。あれは“好き”じゃなくて“好ましい”だった」

「苦しい言い訳だな」


席に戻る。

向かいに座った彼女は、メニューも開かずに背筋を伸ばした。


「ルール確認ね」

「はいはい」


彼女が指を折る。


「一、好き・愛してる・それに準ずる単語は禁止」

「二、目を見て三秒以上黙ったら負け」

「三、言いそうになったら話題を変える」

「四、負けた方が次のドリンク奢り」


「五は?」

「五は……言わなくても分かるでしょ」


分からないが、追及しない。

この練習会は、そういう“聞かない力”で成り立っている。



最初は、ただの冗談だった。


「告白したら、なんか終わりそうじゃない?」


彼女がそう言ったのは、半年くらい前だ。

夜の帰り道。駅前の自販機の明かりの下。


「終わりって?」

「今の関係が」


今の関係。

週に二、三回会って、連絡は毎日。

映画もご飯も二人きり。

手は繋ぐけど、キスはしない。


誰がどう見ても恋人だが、

僕らは一度も「付き合おう」と言っていない。


「言葉にしたら、責任が発生するでしょ」

「責任?」

「幸せにしなきゃ、とか。将来、とか」


彼女は笑っていた。

冗談みたいに。


「だからさ、言わない練習しよ」


それが始まりだった。



「じゃあ、始めよっか」


彼女がストローを咥えながら言う。


「最近どう?」

「最近?」


いきなり雑談から入るのが、彼女の戦法だ。

油断させて、うっかり言わせる。


「そうだな……平和かな」

「へえ。誰のおかげ?」

「世界の」

「私じゃないの?」

「……世界の」


彼女がニヤッとする。


「今、言いかけた」

「言ってない」

「顔に出てた」

「顔はノーカウント」


「じゃあ、これは?」


彼女はテーブル越しに身を乗り出した。

距離が近い。

香水じゃない、彼女自身の匂い。


「昨日の夜、あなたのこと考えてたんだけど」


危ない。

危険物質が運ばれてきている。


「夢?」

「現実」


三秒ルール。

沈黙は負け。


「……僕も、月のこと考えてた」

「月?」

「うん。昨日、やたら明るかったから」


「話題変えすぎ!」


彼女が笑って、机を叩いた。


「今のは回避成功でしょ」

「ずるいなあ」


でも、その目は楽しそうだった。



途中から、練習会はエスカレートした。


「遠回し選手権」

「好意を示さずに最大限好意を伝える大会」

「第三者に誤解させたら勝ち」


隣の席のカップルが、何度もこちらを見ている。


「それでね、最近思うんだけど」

彼女が言う。

「あなたといると、帰る時間が分からなくなる」


「時計を見ればいい」

「そういう意味じゃない」


また一歩、踏み込んでくる。


「一緒にいるのが、自然すぎて」

「……」

「ほら、言いそう」


「言わない」

「言って」

「言わない」


二人して笑う。


この時間が続けばいい。

続いてしまえばいい。


だから言わない。



「ねえ」


彼女が急に真面目な声になる。


「もしさ」

「うん」

「誰かに告白されたら、どうする?」


不意打ち。


「その人のこと、どう思ってるかによる」

「ふーん」

「で、君は?」


「私はね」


彼女は一拍置いた。


「今の関係を壊す可能性があるなら、断る」


それはもう、ほとんど答えだった。


「でもさ」

彼女は続ける。

「それって、ずるいとも思うんだよね」


「何が?」

「この状態」


「曖昧なまま、居心地のいいところだけ取ってる感じ」


胸が痛む。


「それでも、今は」


彼女は言葉を探すように、視線を落とした。


「今は、まだ……」


三秒。

沈黙。


僕は口を開いた。


「今は、まだ早い?」


彼女が顔を上げる。


「……それ」


彼女は笑った。


「それ、ずるい」

「何が?」

「正解みたいな言い方」



会計の時間。


「今日は引き分けかな」

「そうだね」


ドリンクは割り勘。

それも、暗黙のルールだ。


店を出ると、外はもう暗い。


駅までの道。

並んで歩く。


「ねえ」

彼女が言う。

「これ、いつまでやる?」


「さあ」

「期限決める?」

「決めたら、終わりが見える」


彼女は少し考えてから言った。


「じゃあ、終わりが見えるまででいい」


それも、ずるい言い方だ。



駅の改札前。


いつもの場所で立ち止まる。


「今日も、言わなかったね」

「うん」


彼女は少しだけ、残念そうに笑った。


「でもさ」

「うん」

「これは何なんだろうね」


答えは、もう分かっている。

でも、言葉にしない。


僕は少し考えるふりをしてから言った。


「これは――」


彼女が息を呑む。


「失いたくないって気持ちの、保留です」


彼女は一瞬、固まって。


それから、吹き出した。


「それ、反則じゃない?」

「好きって言ってない」

「言ってないけど……」


笑いながら、目の端が少しだけ赤い。


「また、やろうね」

「うん」


改札を通る前に、彼女が振り返る。


「次は負けないから」

「僕も」


電車の音に、言葉が溶ける。


好きですとは、言わなかった。

でも、そのまま、帰る気もしなかった。


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