10話
「リウィアは獣人族について、どのくらい知っている?」
「新聞や本に書いてあること程度……だけど」
「でも僕のことは怖くない? 他の獣人族のことは?」
「……わからない」
問われても、正直わからない。
種族が違う、見た目が違う、乱暴者で伴侶を見つけると力尽くで口説き落とそうとする強引な野蛮人……それがこの国での獣人族の評価だ。
でも私は知っている。
同じ国の人間、家族として暮らしていたはずの人だって簡単に態度を変えるってことを。
そして理不尽な暴力や暴言、それらを見て見ぬ振りをして追従する人たちがいるってことを。
(みんながみんな、そうじゃなかったけど……)
義母たちの横暴さに声を上げてくれた使用人たちは解雇されて、そのまま去って行った。
私は閉じ込められて挨拶もできないままで……彼らは、彼女らはどうしているのかもわからない。
本当に無力な自分がいやになる。
それが一番、辛いことだ。
「そういうところだよ。君は僕らを恐れていない」
「……え?」
「この国だけじゃなく周辺諸国で僕らメギドラ人は警戒対象だ。嫌われ者と言ってもいいくらいなんだよね」
テオによると、今回の使節団は長期での交渉を視野に入れていて、王都で建物を一つ借りて生活することになっているそうだ。
本来ならお城で賓客として迎えられるべきものだけど、これまでの関係性を考えるとお互いにまだ疑心暗鬼なところがあるからほどよい距離で少しずつ対話をすることが望ましいんだとか。
これはお互いに話し合って決めたことなんだって。
「ただ、生活するに当たって……どうしても国が違えば勝手が違うものだろう? 一番いいのは、地元の人の協力を得られたら良かったんだけどね」
そこで問題になるのが、メギドラ人への嫌悪感ということなのだという。
ユノス王国側でも使節団に配慮して、王宮のメイドたちを派遣すると申し出があったそうなのだけれど上手くいかなかったらしい。
彼らは基本的に礼儀正しく、そしてきちんと仕事をしてくれていたが――それでも使節団の、メギドラ人への恐怖や嫌悪は隠しきれるものではなかったそうだ。
そして使節団のメンバーはそういった目に慣れているとはいえ、生活の場にまでその悪感情を持たれることは到底好ましい状況とは言えず、これまでの働きにはきちんと感謝した上でユノス王家に派遣を打ち切るよう、お願いしたんだそう。
獣人族は種族ごとによって違うけれど、五感がユノス人よりも優れているところがどこかしらにあるそうで……そのため、家の中にいても悪意を無視するのには限界があるからどうしても無理だと思ったって話。
私はこれを聞いてびっくりしてしまった。
「そんな……? だって別に使節団の人たちは礼儀を守って生活して、和平を結ぶために来たんでしょう……?」
「まあこれまでの悪評があるからね……誰だって怖い目には遭いたくないし、よくわからないものには近づきたくないものだと思うよ。それに、王城勤めの人たちは僕らが表向きは行儀良く振る舞っているだけで、本当は乱暴者かもしれないって心配していたんじゃないかな」
そうした危険人物を遠ざけるのも、使用人の役目だからねと軽く笑って話すテオに、私はなんとも言えない気持ちになった。
(確かに、その通りと言えばその通りなんだけど……)
つい最近まで敵対していた相手だって思えば、そりゃあ歓迎ムードになるはずがないことくらい世間知らずの私にだってわかる話だ。
メギドラ人全員が悪評の通りとはさすがに思っていないのだろうけれど、噂とこれまでの関係性が相俟って警戒の目が厳しくなるのは仕方がないのかもしれない。
(ただそのせいで、折角関係改善のために訪れた使節団の人たちが不快な思いをするのは誰も得する話ではないはずなのに!)
「まあそういうワケで今、僕らの世話をしてくれるユノス人が近くにいてくれると助かるのさ。どう? リウィア。僕らのところで働かない?」
「……私が悪い人間だったらどうするの、余計な迷惑がかかるわ」
「そうやって他人の迷惑を考えられている段階で、違うと思うけど……まあいいよ、まずは村で僕の仲間に合流しよう? 僕以外の人も賛同してくれたら、リウィアも納得できるだろ?」
「それは……まあ、そうね」
「じゃあ急がなきゃ。日が暮れると移動が大変だからね!」
ん? あれ?
なんだか普通に私がこの話を受ける方向に行っていないかな?




