6月某日
6月某日昼休み、校舎裏に呼び出された。
俺は2限目から腹が痛くて、ちょっと不機嫌だった。
「川瀬清澄くん、好きです」
告白を受けて、俺は面食らった。目の前に立つのは、くそ真面目そうな、三つ編みにメガネかけて、表情がよく読めない感じの痩せた女の子。時々見かける。名前は知らないけど。
「もしよかったら、私とつきあってもらえませんか?」
震える声で女の子はそう言った。
俺はすぐに「ごめん」と答えた。
女の子は一瞬言葉を失って、それからごにょごにょと何か言った。聞き取れなかった。
「じゃ、ほかに用無いなら俺行くね」
くるりと踵を返し、校舎に向かって歩き出す。すると後ろでわーっと数人の騒ぐ声がした。さりげないフリをしてちらりと見ると、さっき告白した女の子の周りに三人、派手な髪色の女子たちが群がっていた。
「罰ゲームしっぱーい」
「残念だったねぇヤマダぁ」
……口々にそんなことを言っていた。
そんなことだろうと思ったよ。
別にいいんだ、からかわれるのには慣れてる。
※※
教室に戻ると、俺の席には美夏が座って、突っ伏していた。サイドテールにした髪が机の脇に垂れて風に揺れている。
川瀬美夏。俺の双子の姉だ。
隣の席が空いてたのでそこへ座り、俺は美夏の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「どーしたん、ねーちゃん」
すると美夏はゆっくりと頭を持ち上げた。気だるそうな目が俺を見上げる。
「お腹痛い……」
「俺も」
「帰りたい」
「俺も。帰ろか」
「うん。カバン取ってくる」
美夏はゆっくりと席を立ち、教室を出た。
カバンに荷物をまとめていると、後ろの席の河本が声をかけてきた。
「相変わらず甘いねえ、おねーちゃんに」
「別にいーだろ」
「なぁ、おねーちゃん付き合ってる奴いねーの? 俺立候補していい?」
「…………」
俺はそれには答えず、無言で河本を睨みつけた。河本は「おっと」と言って戯けたように両手を挙げてみせた。
「冗談だよ、じょーだん。はは」
……こういうふざけた虫が美夏につかないように、俺は目を光らせてなきゃいけないんだ。
※※
自宅の、ほどよくエアコンが効いたリビングで2人並んで昼寝をした。呼び出されて罰ゲームに使われた話をしようか迷ったがやめておいた。わざわざ不愉快な話をするよりギャグの一つでも思いつきたかった。でもギャグは思いつかずに、そのまま眠ってしまった。
※※
……なんだか香ばしい匂いで目が覚めた。リビングに続いてるキッチンで、美夏が何か忙しなく動いている。
「ねーちゃん、何してんの、腹は?」
「治った。お好み焼き作ってる」
「マジか」
「きよ君はお腹どう? 治った?」
「そういえば……」
そういえばあんなに重苦しかった腹の痛みがなくなっていた。俺はタオルケットを畳んでソファの上に置き、キッチンの美夏の隣に移動した。
「召し上がれ」
カツオ節がふわふわ揺れてるお好み焼きが載ったお皿を渡されて、俺は嬉しさでいっぱいになった。
「いただきます!」
テーブルにつくなり俺はお好み焼きにかぶりついた。ソースとマヨネーズのあまじょっぱい味と香りに包まれて幸せだ。
そんな俺の隣に座って、美夏は俺の頭をぽんぽんと撫でた。
「きよ君は可愛いよ」
「…………?」
もしかして、美夏、知ってるのかな? 俺が今日からかわれたこと。
美夏はにこにこ機嫌よさそうに笑っている。その笑顔は姉ながらすごくかわいくて。
……別にどっちでもいいか。知ってても、知らなくても。
【つづく?】