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君の写真に写ったのは誰?


「――蒼空ってさ、なんでそんなに演技が上手いの?」

「……はっ?」


 その問いかけは、あまりにも唐突だったらしく、蒼空は軽く眉を上げた。


 晴翔と律が悠真の部室を訪れている同時刻、――光稀は、カメラを片手に演劇部の練習場に足を運んでいた。校舎から少し離れた場所にある、リニューアルされた講堂。

 スチールの扉を開けると、そこにはステージ用のライトに照らされた広々とした稽古スペースがあり、部員たちがストレッチや発声練習に勤しんでいた。

 光稀の要件は単純。演劇部の広報用の写真撮影。

 写真部からの“派遣”という名目だったが、晴翔の頼みを断れなかったというのが本音だ。



「てなわけで、お願いだ。役者が足りないんだよ」

「はぁ……。いや、でもさまだ脚本書けてないんでしょ? どうして役者が足りないってわかるのさぁ」


 光稀は机に頬杖をつきながら、パラパラと渡された資料を振って見せる。現在演劇部に所属しているメンバーの顔写真と特徴が書かれた用紙。パッと見る限り、みんないい顔してる――確かに、高校の演劇部という感じの濃いめのキャラたちだ。


「人数なんて写真部の十倍だよ?」


 目の前で深々と頭を下げる晴翔の頭部に言葉を投げかける。


「スカウトっつってもなぁ……」


 口ではそう言いながらも、光稀は無意識にカメラを撫でていた。


 晴翔曰く、まだ脚本を書けていないが、役者として欲しい人材が今演劇部には不足しているとのことだった。なんといっても、クロコ役の人が欲しいだとか――。

 クロコなんて顔が見えないんだから、代わりになる人に背格好が似ていれば問題ないと思っていたのだが、そうではないみたいだ。


「お願い! 演劇部の宣伝チラシ作ってほしいんだ!」


 また深く頭を下げる晴翔。

 なんだかよくわからないが、ここまでお願いされては断る理由が見つからない。写真を撮ること自体は嫌いではないし、光稀は、そのお願いを聞き入れた。



 そして今に至る。


 演劇部の部長でもある彼は、切れ長の瞳と繊細でありつつも芯のある骨格が印象的だ。その肌は透き通るように美しい。少し伸びた前髪と後ろ髪は肩に届きそうである。遠目から顔のパーツだけを見ると女の子のように見えるが、蒼空は肩幅がしっかりとしていた。

 その立ち姿は、何もしていないのに美しい。まるで“空気を変える”ような静けさがある。


「一ノ瀬って演技とか興味あったっけ?」


 蒼空がゆるく問いかける。光稀はそれに肩をすくめて応じた。

 光稀と蒼空は中学の時からの友人だった。


「いや、別にそんな詳しくないけどさ、なんかお前の演技見てると、懐かしいっていうか、引き込まれるっていうか…」

「――なんか悪い物でも食べた?」

「あー! いや、もう! とにかくすごいっつってんの!」


 光稀はむしゃくしゃと髪をかきあげ、カメラを構えた。


「ほら。もうなんか適当にそれっぽい動きしてて。俺が超絶かっこいい宣伝写真撮ってやるから!」


 カメラを覗き蒼空にピントを合わせる。

 しかし、いつまで経っても蒼空はピクリとも動かず、それどころか光稀の方へ体を向けたまま立っていた。周りの演劇部員たちは各々のストレッチを行なっている。


「何してんだよ、早く撮って終わらせ…――」


 あ、やべ。

 光稀の指先が滑った。

 パチャリ――。


「―俺さ、こうみえて小さい頃、バレエやってたんだ」


 カメラの音が鳴ったのと同時に、蒼空の淡々とした声が、空間に溶けた。


「中学に上がる前にやめたからお前は知らないだろうけど」


 光稀の指がぴたりと止まる。


「バレエはさ、言葉のない芸術だろ。自分の身体と感情のみで観客を魅了して、感情を揺さぶってくる。…その美しさに憧れて始めた。でも、小学校高学年の時、膝壊してさ。今はもう激しい運動ができない」

「あ……」


 記憶の端で、何かが結びついた気がした。

 だから、晴翔はあんなに……――。


「でな、俺が落ち込んでた時、母親がミュージカルの舞台に連れて行ってくれた。その時、演劇の世界を知ったんだ。我ながらバレエをやっときながら他のものを知らなかったなんて恥ずかしいけれど、でもだからこそ、俺は新しい気持ちで演劇と向き合うことができた。感情を体で表現するのも素敵だったけど、俺は声を使って言葉に出した方が何倍もしっくりきたんだ。役者一人一人の波長に異なる声が耳に届いてくる……。その波が、すごく美しいって感じたんだよ」


 蒼空は言葉をひとつひとつ噛み締めるように話した。普段の軽口とは違う、静かで、でも確かな“信念”がそこにあった。


「俺は、他の人に比べて発声に苦労しなかったし、演技することにはそもそも抵抗がなかった。生まれた時からね。だから、光稀の言う俺の演劇の良いところは、そういうポテンシャルの部分もあるんじゃないかな?――自分で言うのは変だけど」


 光稀はただ、彼を見つめた。蒼空の横顔が、ほんの少しだけ笑っていた。


「ふーん。初耳だな」


 シャッターが落ちる。

 パシャ。

 レンズ越しに見えた蒼空は、まるで誰かを思い出しているかのような顔をしていた。


 その時――


「世ノぶちょー」と部員の誰かが蒼空の名前を呼ぶ。鏡の近くに人だかりができていた。


「悪い、ミーティングの時間だ。まだいる? 適当に写真撮ってて良いから。あとは頼んだ」


 蒼空は手を軽く振って光稀の前から去った。光希は、手の中のカメラをじっと見つめた。そのファインダーには、言葉では残せない“なにか”が、確かに映っている……気がした。




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