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The Silenced Names -Part1-

長いので、Part1とPart2にわかれてます

「誰のこと?」


 最初に違和感に気がついたのは、“彼”がいなくなった時だった。


「誰って…、いつも一緒にいたじゃん」


 私が必死に“彼”の存在を説明しようとしても、皆は首を横にふる。一様にして「わからない」と口にするのだ。

 そんなはずがない。“彼”は確かにいつも私たちの側にいた。これではまるで、彼の存在が初めからいなかったような世界だ。それが、初めの違和感だった。



 私たちが暮らすアリスフィア王国――Alyssphia――は、記憶や記録をとても貴重なものとして扱っている。そのためその異能を持って生まれたものは、時より大事な業務へ出かけたり、政府の人たちと働くことがある。だから、その類の混乱には非常に敏感なのだ。なのに、おかしい。“彼”を誰も覚えていないなんて。しかも、彼は私たちの前から何の前触れもなく消えてしまった。


 いや、あれが前触れだったのかもしれない―――。



「イルーシア」


 優しく囁くような、でもどこか棘のある言い方で彼は私の名前を呼んだ。私は驚いて立ち止まる。私の周りを歩く白い服を着た職員たちが、私と彼の間に壁を作った。廊下で私のことを呼び止める人なんて、滅多にいない。それなのに彼は私の名前を呼んだ。

「どいて」と私は職員を退かせる。昔までの私だったらこんなことしないだろう。職員たちは顔色ひとつ変えることなく傍へずれる。


 彼の格好はいつもと違った。きっと稽古へ行ってきた帰りだったのだ。

 王都の郊外には演劇や芸術の町――アルトリア地区――がある。能力の高い彼は時折仲間たちとそこで演劇を嗜んでいた。


「今日はもう帰るの?」

「うん。検診の時間だから」と私は答える。


「そっか。…ちょっと話したかったんだけど、残念」


 彼は伏せ目がちに笑った。

 なんだろう?その好奇心が単純に私の胸の奥をくすぐった。

 私はそっと彼に近づき、ハグをする。


「え、ちょっ、イルーシア??」

「離れてください、イルーシア様」


 ハグができたのはたったの数秒。――ううん、一秒もなかったかもしれない。職員たちによって無理やり腕を掴まれ後ろへ引き離された。でも私は口角を上げた。


『逢瀬でね』


 彼はキョトンとした顔のまま立ち尽くす。職員はぐいっと私の腕を引っ張った。


「わかってるって。言われなくてももう帰るから。……じゃあね」


 彼はきっと来るだろう。

 あの場所へ――。





 明るい星々が、残酷なまでに私たちに降り注ぐ。

 あんなにも高いく、冷たく、美しく、わたしたちを見下ろす決して消えることはない光。

 たとえ世界が終わっても、あの光だけは消えないのだろう。

 それがどこか、ひどく悲しかった。


 私はそっと空へ腕を伸ばした。空に浮かぶその光たちは、私の手をただすり抜けるだけ。貫通する光が指先を通り抜けるたび、どれだけ手を伸ばしても、触れられないものがある。その現実だけが、胸に突き刺さった。


「……あーあ、そろそろ終わりか……」


 そう呟いたのは、星が美しすぎたから。

 もしかしたら、誰かとの別れを予感していたから。

 一人感傷へ浸っていた時、ガチャリと重い木の扉が静寂を裂いた。


「やっぱりここか」


 吐息混じりの声が、夜気を震わせる。私は振り返らなくてもわかっていた。

 彼がやってきた。

 彼はすっと私の隣に腰を下ろす。草の音が二人の間に生まれた、唯一の距離。


「“逢瀬“って言われても正直何のことかわからなかったよ。苦労したんだからね、抜け出すの」

「それはこっちも一緒。早く戻んないとバレちゃう」


 そう言って私は隣ですやすや眠るペガサスの柔らかな毛並みに指を滑らせる。その温かさが、まるで夢の中にいるような錯覚を与えてくれた。


「“逢瀬”ってね、愛らしい響きの言葉でしょ?」

「うん。何語? 初めて聞いたんだけど」


「日本語だって。この間、書斎で見つけたの。随分と素敵な言葉があるなって思って、覚えておいた」

「へえ、そっか。今度、演劇で使ってみようかな」


 彼は空を見上げながら、優しく微笑む。その表情が、どこか寂しさを含んでいるように見えたのは気のせいだったのだろうか。


「ダメだよ。これは私と貴方の合言葉。ぜーったい誰にも教えないで。“逢瀬”って言われたらここに来るの。わかった?」


 私は彼の袖をくいっと引っ張りながら念を押す。彼は困ったように肩をすくめた。


「……で、その言葉の意味は何なのさ」

「……さあ。当ててみて。それを当てられたら使ってもいいよ。まあ、絶対に無理だろうけどね」


 そう挑発すると、彼はムッと口を閉じた。


 それから、いくつか言葉の意味を当てようとしてきたが、結局どれも当たらず、彼はあきらめた。


「もーやめだ、やめ。こんなことしてたら世が開けちゃうよ」


 彼はそう言って、頭の後ろに手を組み、ゴロンと草むらの上へ身を預けた。その動作があまりにも無防備で、私はつい小さく笑ってしまう。相変わらず星は輝きを失っていなかった。私は、同じように寝転がった。


「……俺さ、今度遠征についていくことになったんだ」


 その一言は、あまりにも唐突に、あまりにも静かに、夜空に投げられた。


「え……?」


 私は、思わず彼の顔を覗き込む。

 彼は相変わらず空を見つめていたが、その目の奥には、今にも溢れそうな決意があった。


「隣国の様子が芳しくなくてさ。手伝いも兼ねて、数週間……たぶん、それ以上かもしれない」

「待ってよ。そんなの急すぎる……。じゃ、じゃあみんなそうなの? R01のみんな、行っちゃうの?」


 六人の顔が思い浮かぶ。そしてあの大切な場所も――。


「早とちりすんなって。あくまでも遠征だ。今回は俺だけだし、しばらくしたら帰ってくるよ。ほら、俺にはこっちでやることもあるし」

「……やること?」


 私の手が、無意識に彼の袖をギュッと掴む。彼は静かにその手を包んで、まるで夢を閉じるようにそっと囁いた。


「――合言葉」


 そして、


「必ず、また“逢瀬”で」


 その声が、星の海に吸い込まれていった。




 その次の日、彼の存在は、世界から“消えていた”

 まるで、最初から存在していなかったかのように。



~Part2へ続く~

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