春、転校生がやってきた
ご感想、アドバイス
お待ちしております
- 弦月絃 -
僕らのクラスに転校生がやってきた
その日から、僕らの生活は180度変わった――
「“僕らのクラスに転校生がやってきた。その日から、僕らの生活は一八〇度変わった――”って、お前。新しいネタ書き始めてんのかよ。なあ、晴翔」
「ちょっ! 勝手に見んなって!」
突然背後から話しかけられ、僕は慌ててパソコンの画面を閉じた。バタンと音を立てる。
「何だよ、そんな驚かなくてもいいだろう?」
そう言って光稀は僕の肩に手を置いて隣に座る。いつも通り首からは一眼レフカメラをぶら下げていた。
「なに? もう夢の物語を書くのはやめたのか?」
「そうじゃないけど……」と僕は少しだけ俯いて、言葉を濁す。
僕、――桐立晴翔が所属する文芸部では、毎年冬の文化祭で各が執筆した小説を、一冊の本にして販売する。もちろん、値段はお財布に優しい程度だ。印刷代と製本代を考えたら完全に赤字なのだが、部費(つまり高校のお金)から出ているので、僕らが気にするところではない。
僕は今年で高校三年生になった。高校受験を得てこの『黎明記大学附属蒼羽高校』へ入学することに成功し、充実した二年間を送っていた。幼少期から中学まで続けていた野球を辞め、高校では勉強に専念することにしていた。
入学当時は坊主だった頭も今や、毛並みの揃った髪の毛が生えている。
そして、この隣にいる光稀は、顔立ちの整った僕の友達だ。
「――いって」
「友達じゃないだろ。親友だ、しんゆう」
「そんな古臭い言葉、使いたくないね」
いきなりゲンコツで頭を殴ってきた光稀を渾身の目つきで睨む。彼曰く、僕と光稀はベストフレンドというわけだ。
光稀は、中学まではバトミントクラブに所属していたみたいだけど、高校生を機にクラブを辞め、今は写真部に入っている。一眼レフを片手に口内を回っている様子をよく見る。文芸部でもないくせに、こうしてよく部室に出入りしてくるのは少々迷惑なのだが。
「なになに。晴翔のやつ、新作なんて書いてるのかよ? みせてよ」
「あ、ちょ! やめろって!」
晴翔は手を伸ばす。しかし一歩のところで遅かった。いつの間にか部屋にいた悠真によってパソコンを奪われ、画面を見られる。
「なんだよこれ。“転校生”って…。お前、まさか“あいつ”のこと言ってるわけじゃ――」
「ちげぇって! 返せよ!」
僕は悠真の大きな手から、パソコンを奪い返す。何だか嫌な汗をかいた。ドスリと椅子に腰を落とし深呼吸をする。しかし悠真はそんなのお構い無しだ。僕の視界へわざと入ってくるように机に体を乗せる。
「お前、もしかしてあいつのこと気になってるのか?」
僕は無言で悠真を睨む。悠真の黒くて吸い込まれそうになる瞳が、僕を見つめる。奥二重だけれど悠真の目は大きい。おまけに綺麗な黒髪が目の存在を際立たせる。
「あいつって誰?」と光稀が問う。
悠真は大きく伸びをして、正面の椅子へ座った。
「この春、俺たちのクラスに転校生が来たんだよ。しかも女。引っ越してきたか、なんだか」
「へえ、珍しいね。もう高三なのに」
「ほんっと。何だか奇妙なやつだし。俺はああいうタイプ苦手」
「お前は、なんでもかんでも初めから決めつけすぎるんだよ……」
僕は深いため息をつく。
光稀とは高校からの付き合いだが、悠真とは幼稚園の頃からの付き合いである。いたずら好きとして有名な悠真は、よく大人を困らせた。小さい頃は僕の方が大きかったのに、気がつけば、僕を越して180cmに達していた。本人曰くまだ伸びそうだと言うことだ。
なんのその。僕の方が生まれは遅いから僕だってまだまだ伸びる。この間測った時は180cmだった。(四捨五入して)
コンコンコン
その時、部室のドアがノックされた。扉の向こう側に微かだが小さな影が見える。
「どーぞ」と光稀が答える。僕は無言で睨んだが、光稀はニヤッと笑うだけだった。
ガラララと立て付けの悪い音がしてドアが開いた。
入ってきたのは、悠真の妹の律だった。二つ年下の彼女は今年この高校へ入学してきた。
初々しい笑顔が溢れんばかりに浮き上がる。
僕と悠真を見て、そして光稀を一目見て立ち止まる。彼女が光稀と会うのは初めてだった。
光稀は微笑みながら片手を振るが、律は口をキュッと閉じたまま、僕の方へまっすぐ歩いてくる。
「おりょ?」と隣で阿呆な声がするが、僕はガン無視する。
僕の前で、律は立ち止まり両手を前に出してきた。その手の中には一枚の紙が握られている。
「朝霞 律。入部希望です! 晴翔さんっ」
それは入部用紙だった。
あまりにも予想外の放課後に僕は驚く。しかし年下を前に動揺を悟られては格好がつかない。僕は笑顔で紙を受け取った。
「ありがとう。先生に渡しておくね」
「お前まじかよ。まぁじで、この部活に入りたいのかよ」
悠真は妹に対して呆れたように問う。
「悠真だって高校入ってバレー部辞めたじゃん。私も、高校生になったら好きなことするって決めてたの」
ちなみに、律は兄のことを『悠真』と呼ぶ。
まあ、そりゃこんな兄貴のこと『お兄ちゃん』だとは認めたくないよなと、僕も心の中で思う。
「今は、美術部だなんて。ぜんっぜん絵心ないくせに、なぁに格好つけちゃってんの」
……口が達者なところは、兄妹そっくりだ。
「ちっ」
悠真は短く舌打ちをした。ほお、言い返さないなんて珍しい。僕はちらりと彼の顔を伺うが、特に変わった様子はなかった。
「それに私、晴翔さんが書く物語が大好きなんです。繊細で、でもどこか力強くて、構成もファンタジーで、私の好みなんです!」
「でもこいつ、夢物語書くのやめるってさ」と悠真がヤジを入れる。
律は目をまんまるく広げ、僕の隣に座る。まるで、何でと言わんばかりの勢いで。
僕は渋々パソコンを開いた。
「別に、やめるってわけじゃないよ……。ただ久しぶりに別のものが書きたくなったんだ」
「あの“転校生”を、か?」
「だ、か、ら! それは違うって言ってるだろう」
僕は全力で否定したが、悠真は肩をすくめ口をへの字に曲げるだけだった。
僕は徐に席を立ち上がり広げた荷物を片付け始める。
今日はもういい。早く帰って静かなところで執筆がしたい。
そんな僕の様子を見かねて悠真がふざけながら接してくる。そばでは光稀が笑っている。律は控えめに一緒に笑っている。
そんな景色が、僕らの毎日の放課後だった。