第9話 迫る脅威と、芽生える覚悟
フラル洞窟でのゴブリンとの一戦を経て、レオンの周囲は急速に変わり始めた。今までひっそりと“守護騎士”を隠し使いしていたところ、パーティ仲間に目撃されたことで、少なくとも彼らには「レオンが強力な召喚騎士を呼び出せる」という事実が知られてしまった。もっとも、好意的な反応が多かったことは救いだ。
依然として、レオンはその力を“時間制限のある特殊な召喚術”として簡素に説明しているだけで、「実は未来の自分」という核心までは明かしていない。しかしパーティメンバーのグラウトやマリスたちにとっては「彼が頼りになる切り札を持っている」という印象が定着しつつあるらしく、ふだんのソロ活動に加えてパーティから声がかかる回数も増えていた。
◇
そんな折、冒険者ギルドに衝撃的な情報が舞い込む。前線でフラル洞窟を探索していた別のパーティが、ゴブリンの大規模な巣を発見したのだ。しかもそこにはゴブリンシャーマンと呼ばれる上位魔術師級の個体が存在し、洞窟全域を支配しているらしい。捜索隊が最深部に足を踏み入れた際、激しい魔法攻撃を受けて撤退を余儀なくされたという。
ゴブリンシャーマンは通常のゴブリンよりも強力な魔力を扱う存在で、集団戦闘を指揮する能力を持つ。そのため洞窟の制圧はさらに難易度を増し、ギルドはクエストのランクを大幅に引き上げた。同時に「フラル洞窟攻略隊」という臨時の大規模パーティ結成を推奨し、成功者には報酬を上乗せする旨が告知される。
「これは相当手ごわい相手だ。Dランクだけじゃ厳しいかもしれない。下手をすればCランク以上の冒険者にも声をかけねば……」
そんな話がギルドロビーで飛び交い、冒険者たちがざわつく中、レオンも掲示板の前に立ち尽くしていた。先日までは「ゴブリンを倒せば報酬が出る」程度の話だったのが、今やゴブリンシャーマンという脅威が明確に浮上し、下位ランク冒険者が気軽に入れるクエストではなくなったのだ。
(これ……引き続き参加するとか、普通なら無謀だよな。でも、みんなやる気っぽいし、どうなるんだろう)
内心の不安を押し隠し、ひとまず様子見するつもりでいると、声をかけてきたのはパーティ仲間のグラウトだ。彼はしかめ面をしながら「やっぱり出たか、シャーマン。危険だな」と吐き捨てるように言い、しかし同時に「でも報酬は跳ね上がった」と続ける。
「これがゴブリンシャーマン討伐となれば、Cランク並みの報奨金も期待できる。しかもギルドが臨時動員してくれるなら、そこそこ人数が集まるはずだ。……レオン、どうする?」
「うーん……正直、僕はDランクにも届いてないのに、大丈夫かなと思います。騎士の力だって時間制限があって、数で攻められたら……」
半ば尻込み気味に答えるが、グラウトは落ち着いた声で説得してくる。いわく、「単独パーティでの突撃じゃなく、複数パーティが合同する形なら安全度が上がる」「実質、大規模なレイド戦のように段階的に進むので、一人ひとりの負担は減るかもしれない」という理屈だ。
「すでにマリスも興味を示しているし、俺たちだけのパーティじゃなく、他の熟練冒険者も参加して大部隊を編成するらしいからね。レオンの騎士があれば、数の暴力に対抗する切り札になるかもしれない」
そう言われると、レオンにも心が揺れる。ゴブリンシャーマン級と聞くと背筋が冷えるが、何十人もの冒険者が一度に攻略へ向かうなら状況は変わる。ひとりが魔力切れでも他がフォローできるし、戦線が崩れる危険性は下がるのかもしれない。
(それでも、守護騎士で“無双”できるほど甘くない相手だろう。でも複数パーティで協力するなら……もしかすると、いけるのか?)
そう考え始めたとき、背後からもう一人が話しかけてきた。「フラル洞窟の大部隊戦に参加を検討しているのか?」——声の主はギルド職員で、中堅の30代男性だ。彼は手持ちの書類を見せながら、「もし参加意思があるなら仮登録してほしい」とグラウトとレオンに言う。
「今回の攻略は、ギルド主導の臨時討伐隊という形をとります。興味がある冒険者は、いったん仮登録しておき、後日ミーティングで正式メンバーを発表する予定です。Dランク以上推奨ですが、EやFでもサポート要員なら枠がありますよ」
やはり実力不足を補う形で参加できるとのことだ。グラウトは即座に「じゃ、俺は参加する。マリスも参加希望だって言ってたし」と宣言し、職員に名前を記入している。少し迷ってから、彼はレオンへ目を向けた。
「どうする? レオン。騎士の力があれば間違いなく歓迎されると思うが、もちろん嫌ならやめていい」
「…………」
レオンの心臓が高鳴る。まだ自分はFランクで、ゴブリンシャーマンなんて聞くだけで背筋が凍る。しかし仲間は「やれる」と言っているし、成長のためには避けて通れないかもしれない。なにより、いつか魔王に挑むなら、こんなところで怖じ気づいてはいられないという気持ちも湧き上がる。
「分かりました。僕も……参加してみます」
決断すると、職員はにっこりと笑い「では仮登録として名簿に書き加えておきますね」と書類にペンを走らせる。これでレオンも「フラル洞窟大型攻略戦」のメンバー候補となった。
グラウトは嬉しそうに肩を叩いて「よし、これで俺たちも大部隊の一員だ。次のミーティングまでに装備を整えような」と言い残し、何かと忙しそうにギルド内を回っていく。レオンは一人ロビーに残され、改めて自分の決断の重さをかみしめた。
◇
その日の夕方、レオンは宿屋で装備の再確認と貯金の計算を進める。大型攻略戦は装備の質がモロに生死を分けるらしく、そこそこの防具や回復薬を買い足しておきたい。ただし予算には限りがあり、すべてを上等品にするのは無理だ。
しかも攻略には数日から一週間ほどかかる可能性があると噂されている。洞窟内部でキャンプを張り、段階的に進軍するイメージだ。そうなると携行食やテント、照明用のオイルなども必要だろう。
考えれば考えるほど出費がかさむが、ここでケチって死にたくはない。レオンは頭を抱えながらも、「何とかなる」と言い聞かせ、翌日ギルド近くの商店街を回って必要物資の購入に奔走した。
(守護騎士を呼べる時間は限られている。大人数の前でもうまく立ち回るには、あまり大規模な戦闘で最前線に立ち続けるのは危険だ)
頭の隅で計画を練る。守護騎士を呼ぶ場面を必要最小限にとどめ、他の仲間と協力しながら盤面を維持する。それがもっとも自然で周囲に怪しまれにくい戦い方だろう。
たとえ騎士を召喚しても、味方が多ければ短時間の立ち回りだけで充分貢献できるはず。魔力を大幅に使う前に仕留められるなら自分のリスクも抑えられる。
◇
そして数日後、ギルドが主催する大規模な事前ミーティングが行われ、ゴブリンシャーマン討伐の骨子が示された。Cランク以上の熟練者を中心に数名のリーダーが選ばれ、その下に複数の小パーティが編成される方式だ。
レオンたちのグラウト・パーティは、そのうち一つの“先発隊”に組み込まれることになった。洞窟の中盤まで掃討し、追い払ったゴブリンの拠点を破壊する役割らしい。シャーマンの本拠地にはCランク冒険者主体の主力部隊が突入する見込みだが、もし主力が苦戦した場合には増援として呼ばれる可能性もあるという。
「なるほど……僕たちが最深部まで行くかは不明だけど、かなり危険だな」
レオンは胸の中で不安をつぶやくが、騎士を呼べるというチートがあるからこそ参加資格を得られている現実もある。グラウトらは「まぁ、何とかなるだろう。仲間が多いんだし、少なくとも前回より安定感がある」と気楽そうだ。
当日集合の時間や場所が周知され、10日後に大規模攻略を開始する運びとなった。それまで各自が装備や体調を整える“猶予期間”が与えられ、その間は自主的にクエストをしたり鍛錬したりする自由がある。
◇
ミーティングを終え、夕暮れの街を歩くレオン。自分があの危険な洞窟攻略に参加すると決めたことの重みが、今さらながらのしかかってくる。
とはいえ、報酬が多額になるのは確かだ。成功すれば名声も得られ、一気にDランクへ昇格できる可能性もある。さらに洞窟内部には希少な鉱石や魔石が眠っているらしく、追加収益にも期待ができる。夢のある話に聞こえるが、その裏には命がけの現実があるのだ。
そもそもゴブリンシャーマンは魔王軍とまではいかないまでも、類似の闇の気配を持つと言われている。もしそんな個体が増殖していけば、町全体が危機に陥るかもしれない。そう考えると、いつかは必ず誰かが片づけねばならない脅威なのだ。
(“未来の騎士”……もし今回、あの力を全力で使ってしまえば、仲間に完全にバレるかもしれない。でも倒せなければ皆が苦しむかもしれないし、俺自身も逃げてばかりじゃ成長できない……)
焦燥と期待の入り混じる感情を抑えきれず、レオンは拳をぎゅっと握る。そんな彼の腕の紋章は、微かに熱を帯びて応えていた。いつでも呼べるが、どこまで呼んでいいのか分からない。
その夜、宿で一人考え込んでいたとき、微かな声が頭の中に響いた――呼びかけたわけでもないのに、“守護騎士”が念話のように語りかけてきたのだ。
「迷うことはない。君が決断した以上、一緒に戦うよ。大人数の前で姿を晒しても、君が本当に強くなるなら、それもありじゃないか」
不意に脳裏に響く優しい音色。レオンはハッとしながらも、まるで自分自身に言い聞かせるように答える。
「……そうだな。もう後戻りはしない。守護騎士の存在がバレても、俺はこの力を活かして、成長を目指す。魔王軍がどうとか言ってたし、いずれ俺が強くならなきゃいけないんだろ?」
「そう。自分の限界を超えて、過去を変えられるのは君だけなんだ——いや、僕たちだけ、というべきか」
まるで二重構造の意識が共鳴するような感覚に、レオンは目を閉じる。宿の薄明かりの下で、腕の紋章がわずかに光って見えた。
ゴブリンシャーマンとの戦いは、彼にとって“次なる大きなハードル”だ。これを乗り越えれば、最弱の名はもう過去のものになるかもしれない。逆に失敗すれば、命を落とす危険すらある。それでも挑むのが冒険者の道だ、とレオンは自分に言い聞かせる。
「よし……やるぞ。もう迷わない」
◇
翌日から、レオンはフラル洞窟攻略に向けた準備と軽いクエストを並行して過ごす。ギルドの臨時討伐隊としての説明が日に日に細かくアナウンスされ、参加予定の冒険者たちが互いに情報交換をする光景がロビーに広がっていた。
そんな中、マリスやグラウトとも顔を合わせ、「現地で別のパーティと合流」「大部屋を二手三手に分かれて攻略する」など具体案が飛び交う。レオンも多少口を出して意見を述べ、パーティ内での役割分担を再確認する。
「最前線はCランクの猛者に任せるとして、俺たちは支援攻撃と掃討を重視するんですよね。レオンの騎士は要所要所で切り札に……」
「うん、実際の進行度を見ながら柔軟に対応しよう。まぁ、シャーマンが本格的に魔術を振るうなら、前衛だけじゃ突破しきれないからね。俺たち後衛も各々全力だ」
◇
やがて決戦の日が近づく。周囲の冒険者の間には一種の熱気と緊張が漂い、誰もが「成功すれば大金」「失敗すれば壊滅」の大博打に身を投じようとしている。レオン自身も、最弱職として想像もできなかった大きな舞台に立とうとしている事実を重く受け止めつつ、いつしか楽しみも感じていた。
(命がけの戦いだけど、ここで勝てば大きく前へ進める。Dランク昇格だって夢じゃない。魔王軍に対する備えにもなるはずだ)
夜、宿の窓から星空を眺める。腕の紋章は温かな気配をたたえ、彼を守る“未来の騎士”が背後で微笑むイメージが脳裏に浮かんだ。
この一か月で、ソロでもパーティでも活動し、その両方に“守護騎士”の助力が絡む形で歩んできた。迷いもあったが、すべては成長へのステップだと今は信じられる。あの日、追放されて絶望していた自分が嘘のようだ。
「次こそ本当の試練……シャーマン戦が待っている。俺は……負けない」
口に出してみると、不思議と怖さが和らぐ。きっと“騎士”も一緒に進んでくれるはずだ。どんな戦いになろうとも、これまでのように弱気で逃げるだけの存在で終わるわけにはいかない。
こうして、最弱召喚士を名乗っていたレオンは新たな決意を胸に抱き、大規模討伐へと向けた準備を整える。パーティの仲間に支えられながら、時空を超えた力を抱えながら、彼はもう後戻りはしない——洞窟の深奥で待つゴブリンシャーマンとの戦いは、近い将来、彼の運命を大きく変える一歩となるだろう。
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