第4話 初めての街とギルド
北西へ続く街道を進み、盗賊に襲われていた商人を助けてから数日。レオンは道中いくつかの集落に立ち寄りながら、ようやく目的地である“トルディア”の町にたどり着いた。かつて勇者パーティと一緒だった頃、うわさに聞いていた中規模の都市で、冒険者ギルドの支部が活発に機能しているらしい。
どこか浮つきたくなる心を押さえつつ、レオンは木造の門をくぐる。石造りの大きな城壁こそないが、町の周囲を簡易的に囲む柵や駐屯兵の詰所が見え、治安維持に力を入れている雰囲気がうかがえる。門番に軽い確認を受けたあと、内部に一歩足を踏み入れれば、すぐに小さな広場が広がり、露店や行商が道端に所狭しと並んでいるのが目に入った。
「ここが……トルディア、か。思ったより賑やかだな」
道行く人々は商人や旅人、冒険者らしき者たちが入り混じり、それぞれが思い思いの時間を過ごしているようだ。街道沿いで出会った商人はこの町を経由して王都へ向かうと言っていたし、確かに中継地点として機能しているのだろう。
レオンは少しばかり気後れしながら、門近くの案内板を探す。最優先はやはり“冒険者ギルド”へ向かうこと。追放されてから数日分の出費で手持ちの金も心もとないし、何より下位ランクでもいいからクエストを受けなければ当面の生活が危うい。
◇
町の人々に道を尋ねながら10分ほど歩くと、石造りの立派な建物が目に留まった。入口の大きな看板には、二本の剣と盾をかたどったギルドの紋章が描かれている。なるほど、ここが“トルディア支部”らしい。二階建ての構造で、出入りする冒険者が多く、入口付近に立ち話する者もちらほらと見える。
レオンは勇気を振り絞って扉を押し開けた。中に入ると、広めのロビーのような空間があり、正面に受付カウンターが見える。多くの冒険者が依頼票をめくったり、仲間を探したりしていて、少しむせかえるほどの熱気を感じる。
(懐かしい……いや、かつて勇者パーティにいた頃は別の町のギルドだったか。雰囲気は似てるけど、完全に新天地だな)
人いきれにやや圧倒されながら、カウンターへ進む。そこにはキビキビ動く職員が2名おり、どちらも忙しそうに書類のチェックや依頼の受理をこなしている。
レオンが順番待ちの列に並んでいると、近くの冒険者がちらりと彼を見て、未成年の雰囲気に首をかしげた。やはり装備は貧相に見えるのか、呆れ半分に目をそらしていく者もいる。気まずいが、逃げても始まらない。
◇
ようやく順番が回り、レオンはカウンターの女性職員に笑顔で迎えられる。
「いらっしゃいませ、トルディア支部へようこそ。ご用件はいかがなさいますか?」
「あ、えっと……冒険者登録をし直したいんです。以前は勇者パーティの一員として別の町のギルドに登録してたんですが、パーティを外れたので個人で活動したいというか……」
そう言って腰のポーチからギルドカードを取り出す。職員がそれを魔力の端末にかざすと、小さな光が走り、過去の登録データが表示される様子がうかがえる。すると職員は少しだけ驚いたように目を見開く。
「勇者パーティ……所属記録が残っていますね。現在は“離脱”扱いなので、個人登録の更新という形になります。確認しますと……レオン様、Fランク……なるほど」
「はい……一応、Fランクですね。剣士や魔術師と比べて“召喚士”って不遇職らしく、あまり実戦経験もないんですが……」
自嘲気味に言うレオンに、職員は淡い笑みを返した。
「ご安心ください。ここではどんな職業の方でもクエストを受けられます。ランクFなら小規模の雑用や下位モンスター討伐が中心ですが、実績を積んでいただければ昇格の可能性も十分ありますので」
「ありがとうございます。とりあえず今日は登録の更新と、受けられそうなクエストの確認をしたいです」
職員が端末を操作し、ギルドカードの裏面に刻まれたパーティIDを削除し、新たに個人アカウントとして再発行する。更新手数料の銀貨1枚と少々の書類手続きを済ませ、レオンは改めて「Fランク冒険者」として“トルディア支部”に正式登録された。
それだけでもほっとする一方、支払いにより所持金がまた減ってしまった。これでは当面の宿代をどう工面するか。早速クエストを受けなければならない。
◇
「では、あちらが依頼掲示板になります。Fランクの方なら下位の採取依頼や、小型モンスター討伐がメインですね。ご不明な点があれば受付までお声がけください」
「分かりました。本当にありがとうございます」
そう言って礼を言い、レオンは掲示板へ向かう。周囲には他の冒険者が複数いて、既に掲示板を見ながら難しい顔をしていたり、仲間と相談していたりする。
Fランク向けの依頼票は一番端の列に並んでおり、どれも報酬は低めだが安全性が比較的高い。採取や雑用が中心で、時々スライムや小型獣の討伐があるくらい。報酬の平均は銀貨1~2枚程度だろうか。
「うーん……これで生活できるかな。でも命がけの戦闘をするよりはマシか」
実際には、下位モンスターでも群れると危険だが、“未来のレオン”がいればなんとかなるかもしれない――そんな期待もある。今は、過度に頼らないように注意しつつも、いざというときの“保険”くらいに捉えておけばいいだろう。
悩んだ末に、レオンが選んだのは「薬草採取+害獣駆除」の依頼だ。町の近くにある丘陵地帯で治癒ポーションの材料となる草を集めつつ、そこに住み着いた飛行型の小型モンスター(コウモリの亜種)を一定数討伐するという複合クエスト。報酬は安いが、そのぶん比較的安全といわれている。
「まずはこれくらいが無難か……。戦闘も、せいぜい相手は大きめのコウモリ程度だろうし」
依頼票を手に取ったレオンがうなずいていると、近くで似たような下位依頼を探していた冒険者の一人が、肩をすくめて「おい、お前、召喚士なのか? 大丈夫かよ?」と小声で話しかけてくる。
レオンは少しギクリとするが、その冒険者は嫌みというより純粋に心配そうだった。悪気はないようで、「最近そこの丘に変異種が出てるって噂もあるから、下手すると危険だぞ」と続ける。
「そっか……でも、ほかに良さそうな依頼も見当たらないし……ありがとう、気をつけるよ」
そう言って掲示板を後にする。幸いにも明日から晴れが続くと天気予報士が告げていたし、早朝から出発すれば昼までに作業を終えて帰ってこられるだろう。
ギルドのカウンターで依頼票を提出し、受注を正式に登録してもらう。いつの間にかレオンの周囲にも人が増えて、ざわざわと活気が漲るなか、彼は改めて「冒険者」としての第一歩を踏み出した感慨を噛みしめた。
(本当なら、ずっと仲間と一緒にこういうクエストを受けていれば、あんな形で追放されることもなかったのかも……)
ぼんやりと、勇者パーティで雑用係をしていたときの自分を思い返す。しかし今更悔やんでも仕方ない。今は自力で実績を積むしかないのだ。
未来の自分が言うように、召喚士が“化ける”可能性はあるのかもしれない。でも、それを本当に生かすためには勇者パーティの庇護から離れてよかったと思えるほどの努力や成果が必要だ。もう甘えられない――胸に小さく決意を燃やす。
◇
受付が手続きの確認を終え、優しげな笑顔で「薬草の見本はこちら、害獣の証拠品は翼か爪を納品してください」と教えてくれる。Fランク依頼は難しくないが、報酬を得るには最低限の証明が必要だ。
レオンは町の中を一通り見回して地形を把握し、宿屋を探すことにした。次の日から早朝に丘陵へ向かわなければならないし、立地がよくて安めの宿があるならそこで拠点にしたい。
そう考えていると、「カウンターの職員に聞けば簡単だろう」と思い直してギルドに戻ろうとしたそのとき、入口付近で見覚えのある顔に声をかけられた。
「おい、そこの坊主。前に街道で会わなかったか?」
ぎょっとして振り返ると、あの“盗賊”を思わせるような荒んだ集団ではなく、先日助けたあの商人――森で倒れていたところをポーションで救ってあげた男だった。名前は確か、ロイドとか言っていたか。
ロイドはまだ包帯を巻いているが、笑顔でレオンに近づくと「無事に着いたようだな、ありがとうな」と小声で礼を言う。怪我は完全には治っていないようだが、どうにか歩ける程度には回復したようでホッとする。
「こちらこそ、あのあと一緒に旅してもらったおかげで、ここまで迷わず来れました。傷は大丈夫ですか?」
「ああ、何とかやっていけそうだ。俺も一度ギルドに顔を出して、盗賊の被害を報告しておくつもりだよ。お前さんこそ、冒険者として活動するんだろ?」
ロイドはニッと笑って荷物を持ち直す。どうやら家族に頼まれた品を仕入れに王都へ向かう途中で事故に遭ったらしいが、ここトルディアで当面の商いをするのかもしれない。
レオンは商人と連絡を取り合えれば何かと便利だし、ロイド側も恩を感じてくれているのか、一緒に飯を食いに行こうと誘ってくれた。連日ひもじい思いをしていたレオンにはありがたい誘いで、恐縮しつつもついていくことにする。
◇
二人で町の中央通りへ向かえば、簡素な酒場兼食堂があり、旅人や冒険者でにぎわっていた。時刻は昼に近く、皆が腹ごしらえに集まっているのだろう。ロイドが「ここは安くて味もまあまあ」と紹介してくれ、レオンもほっと安堵する。宿屋を選ぶ目安にもなるし、情報交換のチャンスだ。
木のテーブルにつき、パンと野菜スープ、焼き魚などを注文する。ロイドが払ってくれると申し出たので、レオンは恐縮しながらも甘えさせてもらうことに。商人は「若いのに礼儀正しいな」と笑い、大きなジョッキに入った水を一気に飲み干した。
「で、これからどうする? この街でしばらく活動するなら、宿選びも大事だろう。貴族が経営する高級宿から安宿まで、いろいろあるぞ」
「そうなんですよね。宿代も限られてるし、まずはそんなに高くない場所を探したいんです。明日から早速Fランクのクエストに行こうと思うんで、なるべくギルドにも通いやすい位置がいいかも」
「だったら、ギルドの裏手に安宿が2軒くらいあるはずだ。“野いちご亭”とか“星影の宿”とか。俺が一度使ったことあるが、そこそこ安くて悪くない」
ロイドが教えてくれる情報は非常にありがたい。レオンはうなずきながらスープを飲み、パンをかじる。店内は冒険者の会話や行商人の交渉声で賑やかだが、ぼんやりとした安堵感が体を包む。追放当初の殺伐とした廃墟や森の恐怖を思うと、この日常が奇跡のようにも感じられる。
(本当に、助かったな……あの日、あの騎士――未来の自分が現れてくれなければ、このロイドさんも救えなかったし、俺自身も盗賊にやられてたかもしれない)
胸の奥がチクリとするのは、あの力に頼り切っている自分への不安かもしれない。いつまでも“他人任せ”の力を振るうだけでは、真の実力は身につかない――そう、うすうす分かっているからこそ、明日からのクエストで少しずつ自力を養う必要があるのだ。
ポケットの中にあるギルドカードを確認し、レオンは改めて心の中で宣言する。
「明日の朝、丘陵地帯に行って薬草採取とコウモリ退治をやってみる。今度こそ自分の力でも少しは戦えるようにならなきゃ。……いざというときは“あの人”を呼べば大丈夫さ」
口に出さず、そっと紋章のある腕をさする。霊体は今は姿を見せていないが、存在は感じられる。とはいえ、できれば頼り過ぎは避けたい――短時間の実体化とはいえ、自分の魔力負担も大きいし、下位のモンスターなら最低限の武器訓練で何とかしたいところだ。
“未来のレオン”いわく、「召喚士は創意工夫次第で多彩な戦術を組めるはず。まずは小さなクエストでも少しずつ試してみろ」という話だった。今まではパーティ内で何もできなかったが、もう他人の陰に隠れるわけにはいかない。
そんなことを考えていると、ロイドが楽しそうにビールジョッキを干し、「そういや俺も明後日までこの街にいるから、困ったら相談しな」と申し出る。大怪我で商売が停滞している間のリハビリも兼ねて、町の宿に長期滞在するつもりだという。
「ありがとうございます。あ、そうだ……ギルド周辺に安宿があるって話、詳しく聞いてもいいですか?」
「おう、いいぞ。野いちご亭はだいたい銀貨1枚で二泊くらいできるはずだ……」
そんな会話をしながら昼食を終え、レオンは“野いちご亭”という宿へ向かうことを即決した。そこが今の自分の拠点になるだろう。なんといってもギルドが近いのは大きい。最低限の出費で、明日のクエストに備えたい。
一方、ロイドはこの後しばらく市場を回って仕入れをするらしく、「落ち着いたらまた飯でも行こう」と握手を交わし、別れる。追放されて以来、レオンがこうして普通に誰かと笑い合うのは久しぶりで、胸が暖かくなった。
◇
宿を確保し、部屋に荷物を置いて町を一通り下見すれば、夜までは自由に行動できる。明日は早起きして丘陵へ向かい、薬草とコウモリ退治をこなすだけ――“普通の冒険者”として出発する初めてのクエストだ。
ただし下位とはいえ、コウモリの飛行や集団戦法には警戒が必要だ。もし群れを率いる変異種などが出現したら、正面からの戦闘は厳しいだろう。それでも、万が一のときは“守護騎士”を呼び出せば切り抜けられる……そう思えば、少しは気が楽だ。
(本当に上手くいくか分からないけど、やらないと何も始まらない。ギルド登録もできたし、最弱でも一から頑張るしかないんだ)
心の中で強く意識する。腕の紋章がわずかに熱を伴って応じるが、表には現れない。“未来のレオン”は、おそらく目立たないように霊体のままで眠っているのだろう。
これから先、もっと強いモンスターや難しいクエストが待っているはずだ。そのときこそ彼の力が必要になるかもしれない。だが、いつまでも寄りかかっていては自分が成長できないというジレンマもある。そこはバランスを考えていきたい。
「さて……今日は早めに休んで、明日に備えるか。ちゃんと戦えるように少し自主練でもしとこう」
レオンは村で買った安物の木刀を握り、軽く素振りを試してみる。以前、勇者パーティにいたときに教わった基礎的な剣捌きを思い出しながら、体の使い方を徐々に思い出す。
本格的に鍛えるには時間も指導者も足りないが、それでも「最低限の対処」はできるようにしておきたい。あの盗賊との遭遇が、いつまた別の形で起きるか分からないのだから……。
◇
夕闇が街を覆い始め、裏手の宿周辺も静けさを帯びてくる。通りには行灯が灯され、人通りが減りつつある。レオンは宿屋の夕食を食べ、部屋に戻るとすぐにベッドへ倒れ込んだ。
シーツの柔らかさと、久しぶりに落ち着ける環境が心地よい。勇者パーティと行動していたときは最低限の寝袋や野宿が多かったが、今はこうして「一人の自由」と「安全な眠り」が両立している。しかし、その自由の裏には“自分で稼がないと生活できない”という現実もつきまとう。
部屋の明かりを消して目を閉じると、腕の奥から微かな疼きが伝わる。まるで“明日もうまくいくだろう”と語りかけるようで、レオンは静かに息を整えて眠りを呼び込む。
「……明日こそ、本当の冒険者として初めてのクエストだな」
今までパーティの荷物持ちだった自分が、どういう結果を出せるか――それが楽しみでもあり、不安でもある。もし苦戦すれば“守護騎士”を呼び出して助けてもらうしかないが、できるだけ自分の力でも頑張ってみたい。
そうやって目を閉じながら、レオンは薄い笑みを浮かべる。追放されて落ち込んでいた時期を考えれば、こうして前向きな気持ちでクエストを待ち望めるのは大きな変化だ。何より、自分が奮闘する余地があるというだけで、心がちょっとだけ弾むのだ。
――こうして、一人(と霊体の騎士)の新しい冒険は本格的に始動する。
もし勇者パーティが聞いたら「無謀だ」と笑うかもしれないが、少なくとも今のレオンには選択の幅が広がった。王都で大きな戦いが起こるまでの間、ここトルディアで少しでも実力を蓄える、それがこの〈最弱召喚士〉の目下の目標だ。
まだ夜は深まったばかり。すぐ隣の部屋では、何やら酒盛りでもしているのか、冒険者たちの声がかすかに聞こえる。でも、レオンの疲れ切った体はもう夢の世界に引き寄せられていた。
明日の朝、丘陵での薬草採取とコウモリ退治が、彼にとって“本当の試練”となるかもしれない。ともあれ、最初の一歩を踏み出す準備はできた――彼は静かな息をつき、意識を闇に落としていった。
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