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第2話 呼び声の先で

 昨夜の疲れが体に残るまま、レオンはゆっくりと歩を進めていた。森の暗い木立を見渡すと、樹々の合間から差し込む光がかすかに足元を照らしているだけ。昨日までは勇者パーティの仲間たちが近くにいて、彼らの背中を頼りに進めばよかったが、今は頼る相手などいない。せいぜい短剣を右腰に携えているだけで、何か大きな魔物と遭遇すれば対処などできるはずもない。


 村を廃墟にしたゴブリンの群れから逃れ、かろうじて追放された形で放り出されたレオン。いまさら戻ったところで、聖騎士セドリックの冷たい目や仲間たちの失望を思うと、顔向けできるわけもない。


「それでも、ここでじっとしていても仕方ない……」


 己に言い聞かせるようにつぶやき、荒れた森の小径を進む。喉は渇き、手持ちの水も残り少なくなっていた。コンディションがいいとは言えないが、もう少し歩き続けてどこかの町へ出なければ、飢え死にの可能性すらある。


 ――追放された翌日の朝方、森へ入る前にあの不思議な“人影”を見た記憶が鮮明によみがえる。銀色の鎧を纏った騎士のような姿――いや、正確には半透明の光の塊が一瞬だけ人間の形をとり、レオンの「召喚士の紋章」を刺激するような感覚を残して消えた。


(夢だったのか、疲労のせいなのか……? でも確かに見た。しかも“お前を助けに来た”と言っていたような)


 その言葉だけが頭に強くこびりついて離れない。“助け”などと聞くと、今の自分には願ってもない存在だが、まともに信じるほど現実味があるわけでもない。そんな絵空事より足元の危険をどう回避するか考えるべきだろう――そう割り切ろうとするものの、妙な既視感が残る。


 紋章の疼きも、昨夜以来ずっと続いている。まるで外部から呼びかけられるように腕がじわりと熱を帯び、深い森の静寂に紛れて鼓動を打っている気がする。だが、自分はチート的な力を持つわけでもなく、召喚獣も弱いものしか呼べない〈最弱職〉だ。


「はぁ……」


 独りきりのため息は森のなかに吸い込まれて消える。道がだんだん細くなり、足場も悪くなってくる。枯れ葉や苔に足を取られ、何度か転びそうになるが、そのたび短剣を突き立てて体勢を整えた。

 しばらく進むと、木々の葉が少し薄くなり、日光が差し込む箇所が増えてきた。方角を確認できないまま歩いていたが、どうやら森の端へ近づきつつあるのかもしれない。ここを抜ければ街道に出られるかもしれない、とレオンは期待を抱き始める。



 しかし、ちょうど森を抜けかけたところで、またしても紋章が熱を帯び始めた。腕に刻まれた模様がほんのり赤く感じられ、レオンは思わず袖を捲って確認する。目立った変色はないが、そこから何かがじわじわと脈打ち、視界の隅に薄い光の粒がちらついた。

 はっと息を飲む。少し奥の木陰で、明らかに朝日とは違う光が漂い、人型を描き出しているのが見える。昨夜と同じ、銀色に近い淡い光の輪郭。

 身構えるが、敵意は感じられない。むしろ懐かしいような雰囲気が漂っており、森の空気が一瞬静まりかえったように思える。光はやがて頭部から肩、胴体へと輪郭をまとめ、金属が重なり合うような輝きを放つ姿を形作っていく。


「な、何者……? まさか本当に……」


 声が出そうになるのを必死で抑える。すると、その霊体じみた騎士がうっすら笑みを浮かべた気配を見せ、「やはり繋がるには時間がかかったか」と低い声で言葉を紡ぐ。男の声――だけど奇妙に落ち着いたトーンは聞き覚えがあるようで、レオンは混乱する。


「君は……昨日の。俺を助けに来たって」


「そう。まだ実体化がうまくいかなくてね。霊体のような状態だけど、こうして会話はできる。……随分、無茶をしたみたいだね。追放されて一人きりでこんな森を歩くなんて」


「だ、誰だ。お前は、何なんだ?」


 レオンが問いかけると、銀色の輪郭はかすかに光を揺らしながら続ける。


「説明は面倒だけど……“未来のレオン”と思ってくれればいい。君が絶望の中で無茶な召喚術を試みた結果、時空を越えてここに干渉できるようになったんだ。正確には、僕も禁術を使って過去に来たのだけど」


 荒唐無稽すぎる話だ。レオンは苦笑いするほかないが、目の前の姿は幻とは思えない。自分と同じ名を名乗る騎士が、どうして過去に現れるのか、そんな理屈は頭が拒絶したくなるほど奇妙だ。

 騎士はそんなレオンの戸惑いを察したように、そっと距離を詰めて微笑んだ。胴体からは金属光沢を感じるが、手を伸ばせばすり抜けそうな半透明の質感を漂わせている。


「信じがたいなら、別にいい。でも“僕”は確かに未来で魔王軍を相手に戦い、そして過去を変えるためにここに来た。君が“最弱召喚士”のままで終われば、やがて世界は崩壊するからね」


「世界が……? まさか、そんな大げさな……」


「魔王軍の動きは知ってるだろう? 君がいた勇者パーティは近い将来、王都で本格的に動く。しかし残念ながら間に合わない可能性が高いんだ。だから、君自身が“過去で”もっと早く強くなる必要がある。僕はそれを手助けするために禁術を使い、この時代へ干渉している」



 あまりに突然の展開にレオンは呆気に取られる。追放された絶望から一転、いきなり「未来の自分」に会って「世界を変えろ」と言われても、信じられるものか。だが、この半透明の騎士が発する声の響きや仕草には、不思議な説得力があった。


「そもそも俺は、セドリックに言われたように最弱だ。未来の君とやらが協力したところで、そんな簡単に強くなれるなら、とっくに……」


「ここからが大事なんだよ。召喚士は育ちにくいが、可能性は大きい。僕は君の“守護騎士”のような形で召喚される存在になれる。短時間なら実体化して戦闘を支援できる。……要は、君が通常の召喚獣とは別格の力を呼び出せるようになるってわけさ」


「別格の……それって、まるでチートみたいじゃないか」


「うん、チートだよ。正直、自分で言うのもなんだけどね。僕は未来で地獄を見て強くなったから。それを過去に持ち込めば、たとえ数分でも圧倒的な戦力になるはずだ」


 あまりに都合のいい話に聞こえる。けれど、思い返せば古書に「時空を超える召喚術」が断片的に記されていたのを思い出す。それを半信半疑で試したのが昨夜――まさか本当に成功してしまったとは。

 レオンは短剣を握ったまま、騎士の霊体と向き合う。荒唐無稽さを抜きにしても、今ここで助けが必要なのは事実だ。追放後に生き延びるには、この奇妙な存在を頼るしかないというのが本音でもある。


「……わかった。ひとまず信じるかどうかは置いといて、助力してくれるなら助かる。俺は、とにかく安全な町を探して、ギルドで仕事を受けながら生き延びたいんだ」


「それでいい。長々と戦うのは無理でも、短期決戦なら僕が肩代わりしてあげられる。君が依頼をこなして実力を上げれば、召喚できる時間も延びていくだろうしね」


「なるほど……あれ? でも今はこうして話してるだけで、実際には触れそうもない感じに見えるけど」


「実体化には君の魔力をもっと大きく注ぎ込む必要があるから、今は小出しにしてる。戦闘になれば呼び出して。霊体のままでも多少の助言や偵察くらいは可能だしね」



 説明を聞くうちに、レオンの疲弊した心が徐々に現実感を取り戻していく。王都で勇者たちと再会することも躊躇われる以上、自力で冒険者ギルドに登録し、雑用や討伐依頼をこなすしかない。それをチートまがいの“守護騎士”がサポートしてくれるなら、何とか打開策があるかもしれない。

 そこへ、銀色の騎士――いや、“未来のレオン”が静かに微笑んだ。


「君が行き先を迷っているなら、北西にある“トルディア”という町がおすすめだよ。そこには冒険者ギルドの中規模支部があって、下位ランクの依頼でも取りやすい。僕の曖昧な記憶だけど、十年前ならまだそこが活発に機能しているはず」


「トルディア……聞いたような気もする。勇者パーティで訪れる前に寄り道してしまって、結局立ち寄らなかったんだ。場所が分かれば助かるよ」


 意外にも具体的な助言に、レオンは少し希望を見出す。背伸びして魔王軍と直接ぶつかるわけではなく、当面は小さなクエストで稼ぐのが先決だ。逃げ腰だと思われても、自分にそれ以上の選択肢はない。


「じゃあ、まず森を抜けて街道を探そう。日が暮れるまでに少しでも進まないと……」


「了解。僕も君の視界を借りながら支援する。大きな森さえ抜ければ、あとは道なりに行けると思うよ」


 こうして“未来のレオン”と名乗る霊体の存在が、小さく揺らめきながらレオンの隣を漂う形となった。もちろん外からは見えないようで、もし人と出会っても怪しまれにくいのが助かる。

 腕の紋章が疼く理由も、“二人の魔力をリンクさせているから”だという。実際にどこまで信用していいかは分からないが、現状ではこの謎の存在に頼るほうが得策である。何より、たった一人で歩む恐怖をやわらげてくれるだけでもありがたい。



 深い森をさらに進むうちに、樹々の密度が薄れ、ようやく視界が開け始めた。小さな小川が流れ、鹿のような動物が草を食んでいるのが見える。人の気配はないが、自然の景色だけでもほっとする瞬間だ。

 レオンはくたびれた表情で髪をかき上げながら、周囲を見回す。昼にはまだ少し早いが、何か食べ物が欲しいところだ。しかし川岸に降りても魚がいるかどうか分からず、釣り道具もない。


「……仕方ない、町へ急ごう。君の記憶どおりなら、ここの北西に街道があるんだろ?」


「うん。そっちに行けば小さい村や集落が点々とあるはず。そこで宿を確保しつつ、トルディアを目指そう。何なら、君が望めば少しの間だけ俺が実体化して狩りを手伝うこともできるけど……」


「い、いや、そこまでしてもらうのは悪いし、今は大丈夫だ。魔力の無駄遣いで倒れたら意味ないしな」


 軽く断ったレオンに、“未来のレオン”は気の毒そうに苦笑する。確かに物資や食糧はギリギリだが、まだどうにか歩ける程度の体力は残っている。

 何より興味本位でも、もう少し後で実体化した姿を見せてもらいたい。どれほど強い力なのか、そして本当に「未来の自分」と呼べるような存在なのか――その真偽も確かめたいが、今はまだ先だ。



 そして日が傾きかける頃、二人(?)は小さな村らしき場所に行き当たった。低い柵と木製のゲートがあり、畑を守るように囲われた数十軒の家が見える。大きな町ではないが、宿泊場所くらいは見つかるかもしれない。

 森を抜けて結構な距離を歩いたため、レオンの体はへとへとだった。門の近くには槍を持った男がいて、旅人らしきレオンを見とがめることもなく、やや警戒する程度で声をかけてくる。


「何か用かい? こんな辺境に来るとは珍しいな」


「ええ、森を越えてきたんです。どこか泊まれる宿があれば……」


 レオンが弱々しく訊ねると、門の男は苦笑して「村の真ん中に小さな宿があるはずだ」と教えてくれた。川の水も汲めるし、パンや簡単なスープなら手に入るだろうという。

 お礼を言って村の中へ足を踏み入れれば、何とも素朴な空気が漂っている。牛や鶏の声が聞こえ、道を行き来する人影は少ないが、誰もが穏やかに微笑んでレオンに軽く会釈をしてくれた。


「……よかった。ここで一息つけるかも」


 そっと腕を押さえる。紋章の疼きはずいぶん治まり、もう“未来のレオン”の霊体を呼ぶ必要はないようだ。これで宿さえ確保できれば、本格的に明日以降の行動を計画できる。

 宿屋を見つけたレオンは、残り少ない銅貨や銀貨を握りしめ、女将に頭を下げて一晩だけ泊まれないかと頼み込む。あまり金を持っていないが、なんとか夕食と宿が付いた形で交渉が成立した。これで今夜は安全な寝床を確保できそうだ。



 部屋に通され、多少薄暗いながらも清潔感のある空間に安堵する。窓を開けると、遠くの畑が茜色に染まり、のんびりとした村の一日が暮れかけているのが見えた。

 しみじみと息を吐きつつ、改めて自分の現状を考える。追放され、最弱職と揶揄され、自分では何も成し遂げられず、ひとりぼっちになった――はずが、どこかで奇妙な騎士(自称・未来の自分)と邂逅し、こうして見知らぬ村でひとまず休息をとれる。昨日までの絶望と今日のわずかな希望が入り混じり、胸の内で複雑な思いが渦を巻いていた。


「明日は、もう少し先の町を目指そう。ギルドのある場所まで行って……“未来のレオン”が本当に協力してくれるなら、やれることはあるかもしれない」


 自分に言い聞かせるように呟く。着替えや装備を簡単に整え、女将が用意してくれた食事をかき込みながら、レオンは明日への小さな決意を固めていく。

 夜になればきっと疲労も増すだろう。だが森を抜けて人里へ出られただけでも大きな一歩。何より、“最弱”のままで踏みとどまるのか否か、自分で選び取る道があるという事実に、ほんの少し心が和む気がした。


(明日も、あの騎士が現れるのか。……いや、騎士というより“守護者”みたいな存在なのかな)


 そんな風に考えていると、腕の紋章がかすかに暖まる気配がした。これがチートかどうかは分からないが、少なくとも今は一人ではないと思える――そう思っただけで、レオンはもうしばらく頑張ってみようと小さくうなずいた。


 最弱と呼ばれた〈召喚士〉と、未来から来た謎の“守護騎士”。その奇妙な組み合わせが、本当に世界を変えてしまうかもしれない――当のレオンはまだ気づいてはいなかったが、追放の日に始まったこの冒険が、やがて大きな波乱を呼び起こすことになるのだ。

読んでいただきありがとうございます。

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