第1話 失意の中で
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乾いた大地を吹き抜ける風が、暗灰色の雲をゆるやかに流していた。そこはかつて小さな村だった場所――今では焼け焦げた残骸が散乱し、黒煙が立ちのぼる無残な廃墟と化している。ほんの数時間前、ゴブリンの大群に襲われて壊滅寸前に追い込まれたのだ。
その場に一人、ぽつりと取り残されていたのがレオンだった。装備は傷だらけの軽鎧に短剣が一本。まだ十七歳になったばかりの少年とはいえ、どこか浮かない顔で、ただ空を仰ぎ見る。冷たい風が肌を刺し、魔物の爪痕を生々しく残す地面には焼けた血と瓦礫が広がっている。
「……こんな何もない場所に、一人取り残されるなんてね」
嗄れた声でつぶやき、レオンは呻くように膝を折った。周囲にはもはや人影が見えない。ゴブリンを撃退しながら村人を避難させた“勇者パーティ”は、早々に次の目的地へと旅立ってしまった。彼らの中には聖騎士や魔術師、そして英雄として名高い勇者アレンも含まれている。そんな凄腕たちのなかで、レオンは“召喚士”という職業のまま、足手まとい扱いされてきた。
――そしてほんの先刻、事実上の「追放」を言い渡されたのだ。
きっかけは、魔物との戦闘中にまったく役立てず、かえって仲間の足を引っ張ったこと。聖騎士セドリックが「これ以上、弱い召喚士を連れていてはパーティの崩壊を招く」と切り捨てると、勇者アレンも疲れたようにうなずき、セシリアら仲間たちも反対しなかった。結果、旅の最中でレオンは放り出された――この無惨な廃墟に。
「……セドリックの言うとおり、俺は最弱だった。救える力もなければ、仲間を支える余裕すらなかった」
弱々しく笑うが、胸の奥には癒えようのない悔しさが渦巻く。最弱と呼ばれる〈召喚士〉の能力では、そもそも小型の使い魔を短時間呼び出す程度しかできない。炎や雷の魔法を豪快に使う魔術師や、圧倒的な剣技を誇る聖騎士と比べると、「要らない子」と言われても仕方ないのだろう。
皮肉にも、勇者パーティで旅をしていたからこそ幾度も危機を乗り越えられたのに、もう彼らはここにいない。頼り先もなく、誰の助けも借りられない。この先、どうやって生き延びればいいのか――まるで真っ暗な底に落ち込むような感覚が襲ってくる。
「はぁ……」
大きく息を吐き、レオンは立ち上がる。今さらパーティを追っても嫌な顔をされるだけだろう。ならば何とか一人で生き抜くしかないが、今いるのは焦土と化した村。物資や食糧を探しても期待できそうにない。
道を探そうと、焼け崩れた家々を避けながら北のほうへ進んでみる。森が続いているらしく、うっそうとした樹々が遠くに見えているが、そこを越えれば街道に出られるかもしれない。町や集落にたどり着けば、冒険者ギルドで何とか雑用の依頼を受けて糊口をしのぐくらいはできるはずだ。
問題は、〈召喚士〉として〈最弱〉の状態で本当に生きていけるのかということ。仲間の後ろをついて行くならまだしも、一人では魔物に襲われればひとたまりもない。
それでも、このまま廃墟に留まってもゴブリンの二次襲撃や野犬の群れに襲われる危険は変わらない。むしろ動けるうちに移動したほうが賢明だと、レオンは足を進めた。
◇
頭を切り替えようと決めたのは、崩れた家の脇で見つけた小さな子供用の人形が焦げていたのを目にした瞬間だった。この村にも日常があったのに、もう元には戻らない。自分自身も似たような立場だ――勇者パーティという居場所を失い、帰る場所はどこにもない。
「……弱いまま終わるのは、さすがに嫌だな」
低く呟いて森の方へ視線を向ける。気づけば腕に刻まれた“召喚士”の紋章がじわりと熱を帯びている。昨夜からときどき疼くような気がしているが、特に魔力暴走というわけでもない。何だろう、と腕をさすってみるがはっきりした異常は感じない。
「こんなときこそ、本当にチートでもあれば話は違うんだが……」
自嘲しつつ森に入りかけたとき、視界の端でチラリと光が揺らめくのを見た。最初は燃え残りの火かと思ったが、そうではない。白い霧のような光が立ち昇り、ぼんやりと人型の輪郭を描き出している気がした。
足がすくんだ。追放のショックで幻覚でも見ているのかと、後ずさる。しかし、その白い光の輪郭は崩れず、銀色の……鎧らしきものを纏った人影になろうとしていた。
「な、何だ……?」
思わず短剣を握りしめる。目の前の謎の存在は敵意を感じさせず、逆に薄く微笑んでいるように見える。耳に馴染みのあるような低い声が、どこからか聞こえてきた。
「……ようやく繋がったか。お前を助けに来た――レオン」
意味が分からない。助ける? 誰が? レオンは驚くあまり言葉が出ず、尻込みしてしまう。次の瞬間、人影がフッと揺らいで光の粒子となり、森の奥へ溶けていくように消えた。
あまりに唐突で現実味がまるでない。幻と片づけることもできそうだが、腕の紋章の疼きは確かに強まっていた。まるで“呼応”しているかのように――。
「何が起きてるんだ、これは……」
混乱する頭を抱えながら、レオンは森へ足を踏み出す。先刻見た光の正体など分からないし、考えても答えは出ない。ただ、この場所に長居するのは危険だし、どこか町に行けば落ち着いて自分の身の振り方を考えられるだろう。
前のパーティで味わった絶望を拭えないまま、光の消えた先をちらりと見やりつつ、一人で歩み始める。たとえ最弱でも、このまま潰えるわけにはいかない――。小さな決意だけを胸に、レオンはぼんやりした意識を振り払いながら、荒れ果てた村を後にした。
(もう誰もいない。だけど、俺はまだ生きている。なら、少しでも強くなる方法を探すしかない)
森の奥に見える木立は深く静かな闇を湛えているようだが、そこを抜けなければ街道には出られない。背中越しには遠ざかる廃墟の光景――かつて仲間と過ごした日々が、まるで別の世界の出来事のように感じられる。
気を抜けばすぐに潰されてしまう世界を、一人で生き抜く――想像しただけで足が震える。それでも、眼前には一筋の光があるような気がしてならない。あの白い人影が教えてくれたわけではないが、何かが変わる予感をわずかに感じた。
「俺は、もう何も失いたくないんだ」
それだけつぶやくと、レオンは小さく歯を食いしばり、森の入口へ足を踏み入れた。木々が生い茂り、昼間でも薄暗い道。だが、確かにその先に未来がある。自分に何かしらの可能性が残っているなら、それを信じて歩くしかない。
もはや“勇者パーティの荷物持ち”ではない、ただの〈最弱職〉の召喚士――それが、ここからどう足掻くか。そんな物語が、焼け跡の村を後にする一歩から始まっていく。
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