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9話 アイル、カザの村へ

「……しかし、人間って凄いのね。あのサイズのグリズリーを剣も魔法も使わずに素手で仕留めるなんて。あんたを筆頭にとんでもない奴ばっかりなのね。そりゃ魔王も滅ぼされる訳だわ」


 ジルゼが仕留めたグリズリーの処理を手伝い、荷車に乗せて村まで向かう道中でオルリアが言う。その声が聞こえたのか先頭で荷車を引くジルゼが会話に入ってくる。


「あぁ、あれかい?正確には素手じゃないのさ!ほれ、こいつを腕に着けての一撃なのさ」


 そう言って腰にぶら下げていた武器をオルリアに見えるように手でひらひらさせる。


「これは……鉄製の爪?」


 ジルゼの武器を見てオルリアがぽつりと言う。


「正解だ。あの村は高名な武術家が作った村なのさ。素手で熊を倒したと言われる伝説の武闘家の、な。すぐ近くの鉱山で豊富に採れる特殊な鉄で作った武器や農具、それに加えて仕留めた熊や育てた農作物で発展した村なんだよ。だから下手な街より栄えているし、皆小さい頃から武術を学ぶからそこらの盗賊や魔獣じゃ相手にならねぇ位攻守共に完璧な村って訳だ」


 そう自分が補足する形で説明すると、再びジルゼが口を開く。


「ははっ。まぁそうだな。本当は素手じゃなく、俺たちみたいに爪を装備していたんじゃないかって話もあるんだけどな。諸説ありって奴だ。まぁどちらにせよ、伝説に名を残す程強かったのは間違いないみてぇだけどな」


 荷車を引きながらジルゼが話を続ける。


「ま、そんな話が伝わるもんだから勘違いした腕自慢や鉱山から採れる鉄を狙った盗賊団とかが昔はよく現れたんだが、どちらも一人残らず叩きのめすってのを何度か繰り返していたらそんな連中もめっきり出なくなったよ。しかし兄ちゃん、今になって何でまたうちらの村に来たんだい?しかもそんな美人さんまで一緒に連れてさ」


 ジルゼの言葉に美人と呼ばれた事が嬉しいのか、オルリアが言葉こそ発さぬものの上機嫌になったのが表情から見て取れる。グリズリーの解体や血抜き処理の時は手伝いこそするもののぎゃあぎゃあ文句を言って大変だったし不機嫌であったが、今の一言で帳消しになったようだ。そんなオルリアを見て改めて思う。


(……本当に人間にしか見えないなこいつ。半魔族といってもおそらく人間の血の方が濃いんだろうな。人型の魔族は今まで何度も見たが、こいつほど人に近い魔族は数えるほどしかお目にかかった事はないからな。しかもこんな風に自然と人に馴染むっていうのは始めてのケースだぜ)


 そんな事を内心で思いながらジルゼへの質問に答える。


「あぁ。ちょいと北にあるニルの街の方面に用があってな。その前にカザに寄っていこうと思ったのさ」


 そう話す自分にジルゼが荷車を引きながら言う。


「へぇ。あんな所に今更何しに行くんだい?ま、俺たちゃ久々に兄ちゃんに会えて嬉しいけどな。村の皆もきっと喜ぶぜ」


 そう言ってまた荷車を引くジルゼ。その後も軽い会話をしながら進み、無事に村へ到着した。着いたと同時、ジルゼが大声で叫ぶ。


「おーい!今帰ったぞー!」


 ジルゼの声を聞きつけ、村人たちが何人か駆けつける。荷車にくくり付けた獲物を見て村の連中が口々に騒ぎ立てる。


「おぉ!こいつは大物だな!こりゃ今夜はご馳走だな!」


「……おいおい、こんなデカい奴が村の近くまで来てたんか?餌場に何かあったんじゃないのか?こりゃ、少し見張り場の数と位置を増やさんといかんなぁ」


 そう口々に話す村の連中が後ろにいた自分たちに気付く。即座に自分たちに声をかけてくる。


「あれま!誰かと思えば勇者さんじゃないの!久しぶりだねぇ!」


「うん?そちらの綺麗な人は初めて見る顔だね?アイルさんの新しいお仲間かい?」


 質問責めに合う自分たちに、ジルゼが助け舟を出してくれる。


「ほらほら!あんまり一斉に話しかけるもんだから兄ちゃんたちが困っているでねぇか。まずはコイツを調理場に運ぶぞ!そんで集会場で宴会だ!村の皆にもそう伝えろ!」


 そう言って村の物に荷車ごと獲物を渡し、指示を出すジルゼ。村の連中がそれぞれ指示に従い散ったところで自分たちに声をかけてくる。


「いやいや、来て早々騒がしくてすまんねぇ。久々の大物と兄ちゃんの来訪で皆盛り上がっちまった。さ、早いところ集会場に向かおう。今夜の寝床も後で村のもんに用意させるからよ。さ、行こうかね」


 そう言って自分たちの前に立って歩き出すジルゼ。少し後ろを付いて歩いているとオルリアが声をかけてくる。


「……ねぇアイル、あのジルゼって人がこの村の長みたいな存在な訳?皆、随分とあの人の指示に従っているし。ま、あの強さならそれも納得だけど」


 歩きながらオルリアの質問に答える。


「ん、まぁ実質そんな感じだな。ただ長と言うよりは相談役って感じだな。村の管理や取り仕切りはジルゼのおっちゃんが先代の村長から引き継いでいる感じだよ。人望も実力もあの通り申し分ないからな。ま、単純な強さだけで言うとまた話は変わるけどな。お前の言う長って呼ばれる存在は別にいるのさ」


 そう自分が言うとオルリアが口を挟んだ。


「話が変わる?それって……」


 オルリアの質問の途中でジルゼが振り返り自分たちに声をかけてくる。


「さ、着いたぜ。まずはゆっくり茶でも飲んで休んでいておくれ。じきに皆も集まるし料理も出来上がるからよ。今日は大物も仕留めたし、兄ちゃんたちの歓迎会も兼ねて村の皆で宴会だ!」


 そう言って集会場の扉を開けてこちらに手招きするジルゼに手を上げそれに応えつつオルリアに言う。


「おっと、続きはまた後でだな。ま、すぐに分かるさ」


 そう言ってオルリアを促し集会場へと足を踏み入れた。程なくして村の連中が集まり、即座に宴会の準備が始まった。

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