32話 アイル、カーミの独白を聞く
自分の言葉にカーミが口を開く。不意打ちを仕掛ける様子は感じられないためカーミの言葉を待つ。
「それは我々も同意だ。今までの連中の様にはいかない事は充分に理解した。だからこそこれ以上先に進ませる訳にはいかん。ここでお前たちを始末させて貰う」
そう言ってカーミがこちらに構える。隠す事なく発せられる殺気に改めて身構える。
(……こっちの『祝福』を見てもこの感じか。単に知性が高いだけなら逃げる選択肢も充分にあるにも関わらず、なおも俺たちとの戦いを続ける事を選んだ訳だ。単純に二対三でも勝てると思っているっていう訳じゃない。本当に厄介だな)
やはり、この二体の魔族の根底にある忠誠心がそうさせるのであろう。自分の命や利益よりも重きを置ける存在がある者は強い。えてしてそういった連中は実力以上の力を発揮する事が多いからだ。
(……魔族であれ人であれ、守る物や従うべき者がいる奴の心は中々折れない。覚悟してかからないとな)
そう思っていると、カーミが先に仕掛けてきた。
「お前たちは……ここで絶対に殺すっ!」
そう叫びながら放たれたカーミの攻撃を剣で受け流しながらチャンスを伺う。『硬質化』と『螺旋』を巧みに使い、攻める時は爪や腕から先を硬化しつつ、こちらの一撃を受け止める際には防御する箇所を瞬時に硬化している。その能力の切り替えがあまりに優れているため、大きなダメージを与えられない状態が続いている。
(……『心眼』を発動させてもこれかよ!さっきみたいにあいつが油断するか、全力で力を込めないと斬るのは難しいぞ!)
事前に魔力を込めた剣であるにも関わらず、こちらの一撃を薄皮一枚切る程度のダメージに抑えている。カーミの反撃を剣で弾いて再び距離を取る。
「……参ったな。今までに何度も『硬質化』の使い手とは戦った事はあるが、あんたは過去の相手も含めてトップクラスに厄介だよ」
そう自分が言うと、カーミがそれに答える。
「……私もだよアイル。今までに人間も魔王側の魔族もこの手で多く殺めてきたが、お前ほどの使い手はいなかった。だからこそ、お前はここで殺さねばならない」
そう言って再び構えるカーミ。自分も剣を構えながら言葉を続ける。
「……なぁ、聞かせてくれないか?お前たちがここを守る理由をさ。いったい、この奥に何があって何を守っているんだ?」
自分の言葉にカーミが少し間を置いて口を開く。
「……そうだな。お前になら話しても良いだろう」
「カーミっ!」
カーミのその言葉にオルリアとフウカの攻撃を受け流しながらトーサが叫ぶ。
「落ち着けトーサ。今それを話したところで我々がこやつらを殺せば問題ない。殺す前に話したところで支障はないだろう。その前に理由ぐらいは話しても良いだろう」
カーミがそう言いながらこちらを向く。剣を構えつつ問いかける。
「……素直に教えてくれるって訳か。そいつは助かるな。早速だが聞かせて貰えるか?」
自分の問いかけにカーミが一呼吸置いて口を開く。
「……我らの長である『女王』は強く気高い存在であった。我々が魔王ではなく、女王こそ付き従う存在だと迷わず思えるほどにな。だが、お前たち人間ほど短くはないが我々魔族にも寿命というものは存在する。女王はそれを早くに感じ取った。そこで一つの答えに辿り着いた。己が後継者である存在を残そうと、な」
そう口にしたカーミに尋ねる。
「つまり、その女王が子孫……子を作ろうとしたって事か?」
自分の問いかけにカーミが視線をこちらに戻して言う。
「そうだ。女王は己の強さと意志を持つ世継ぎを作るべく己が身に子を宿した。だが、それが災いした」
カーミが口惜しげに言う。自分が口を開くより先にカーミが言葉を続ける。
「……我々魔族の中には子を成す際、己の様々な能力が極度に低下するタイプが存在する。皮肉にも我らが女王はそこに属する側だった。故に、普段であれば意にも介さぬ相手に不覚を取った。そのため女王は命に関わる深手を負う事となった」
なおもカーミの独白は続く。
「……本来の女王の力であれば片腕一つ動けば殺せる相手であった。我々だけでなく女王自身もそう思っていたのであろう。その油断が女王に命に関わる深手を負わせる事となってしまった」
心底口惜しいといった表情でカーミが言う。
「たちの悪い事にそやつはある程度高名な魔術師で、並大抵の物理を一切通さぬ女王の体を魔法の一撃で貫いた。本能的に腹の子を庇おうとした女王の隙を突いてな。即座にそやつの首を刎ねたものの、女王は再生が叶わぬほどの部位を欠損する事となった」
カーミがそこで言葉を止めたため、自分が会話を引き継ぐ。
「……なるほど。それでここを篭城先に選んだんだな?手負いの女王が安全に子供を産むために」
自分の言葉にカーミが即座に言葉を返す。
「……流石に察しが良いな。その通りだ。もうすぐ臨月を迎える上に深手を負った女王に無理はさせられない。それ故に近隣で最適な場所を探していた時にここが最適だと判断してこの地を選んだという訳だ」
カーミがそこまで言ってこちらを睨む。
「……さぁ、お喋りはここまでだ。我らがこの先にお前たちを進ませる訳にはいかない理由は伝えた。同時にお前たちをここで殺さねばならないという意思も伝わっただろう。女王のためにお前たちはここで死んで貰う」
そう言いながら右手を硬質化してカーミが身構えた。




