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29話 アイル一同、戦闘再開

「なっ……!ま、まさかお前が魔王を倒したあの勇者だと……!?」


 トーサが動揺を隠さずに大声で叫ぶ。その反応で一つ分かった事があった。


(どうやら、こいつらは『魔王派』じゃなかったようだな。魔王を様呼びしないのがその証拠だ)


 魔王に付き従う魔族たちの中で、己こそが魔族の頂点であると思う魔族も一定数存在する。そういった連中は魔王に従う事を良しとせず、自分の信念の下に行動する。おそらくこいつらの『長』はそのタイプであり、この二体を含めてここに集う魔族はそれに付き従う連中だろうと推察する。


「……まぁ、その通りだな。お前たちにどんな風に噂が伝わっているかは分からないが、確かに魔王を倒したのは俺たちだよ」


 自分の言葉に二体の魔族は異なる反応を見せる。トーサは自分に対して明確に驚愕した反応を見せ、カーミは自分が勇者だという事に一瞬驚きはしたものの、すぐに冷静さを取り戻している。


(……これまた分かりやすいな。反応が両極端だ。だが、ますますカーミって方の奴には要注意だな)


 尊敬の有無に関わらず、魔族の頂点とされていた魔王の強さは魔族ならば認めざるを得ない筈だ。知能が高ければ高いほど、その存在を倒した自分を見てもすぐに落ち着きを取り戻せる魔族はそういないだろう。そういった意味ではトーサの反応のほうが自然である。そう思っているとカーミが静かに口を開いた。


「……なるほど。あの魔王が人間に倒されたという話は聞いていた。まさか、こんな所で会う事になるとは思いも寄らなかったがな」


 そう言ってカーミがこちらに向かって言う。その口調には自分に対する恐れや動揺は一切感じられない。むしろ先程よりもある種の気合いを肌で感じる。


(……まいったな。本当にこういったタイプが一番戦い辛いんだよな)


 カーミの様子からして、自分が魔王を倒した人間という事を疑っている様子は一切ない。先程の一瞬の攻防で自分の言葉を真実だと悟ったのだろう。


 仮にも魔王を倒したという相手に対し、何故このように冷静に振る舞えるのか。単なる命知らずやその事実を信じない者なら話は別だが、目の前のカーミはそれに当てはまらない。ならば答えは明白だ。


(信念。そして忠誠心……だな)


『己の命より大切な物や存在』がある。それを守るためならば自分の命は厭わない。そういった覚悟と決意を持った相手と戦う時はどんな相手でも覚悟を決める必要があった。


「……厄介だな。あんたみたいなタイプが一番やり辛いよ」


 そう言って剣を構える。自分の言葉にカーミがすかさず言葉を返してくる。


「奇遇だな。私もだよ。己の強さを誇示したり、私利私欲の為だけに動く人間は腐るほどこの手にかけたが、自分ではなく誰かの為に戦う人間が一番厄介だった。強さに関係なく、な。お前が強さと意思を兼ね備えた人間だという事は分かった。だが、そんなお前を前にしても我々にも引けぬ理由があるのだ。……話が長くなったな。さぁ、仕切り直しといこうか。行くぞ、トーサ」


 そう言ってカーミがトーサに声をかける。自分たちのやり取りの間にトーサも冷静さを取り戻していた。


「あぁ。……勇者とその一味と分かった以上、我々がここでこいつらを何としてでも食い止めねばならんからな」


 その口調と表情からは先程までの狼狽した様子は見当たらない。カーミの言葉によってトーサもこれで本来の実力を取り戻してしまったと実感する。。


(……まずいな。さっきまでの調子ならフウカとオルリアの二人ならこちらを軽んじていたトーサは充分に仕留められた。だが、今のトーサは完全に俺たちを強敵と認識した。二対一とはいえ決して油断出来なくなったな)


 計算外の出来事に戦況が大分厳しくなった事を悟る。トーサを先に仕留めてカーミを相手に三人で連携を取り、確実にカーミを仕留める流れに持ち込めたはずだ。だが、今の状態ではそれはかなり難しいと感じる。


(単なる力自慢の直情型と思っていたが計算が狂ったな。少なくとも今まで相手にしてきたような猪突猛進タイプと同じ様に捉えたらこっちが返り討ちだ)


 そう思いこの後の戦略をどう立て直すか考えていたが、それをまとめる間もなくカーミが口を開く。


「……思ったよりも語り過ぎたな。さぁ、戦闘再開といこう。ここで勇者であるお前たちを殺せば我々の目的はより盤石なものとなる。……行くぞ!」


 カーミの発した言葉と同時に戦いが再開される。カーミは自分へ、トーサはオルリアたちの元へ駆け出してきた。瞬時に剣を構えてカーミの攻撃に備える。


「くっ……!」


 自分が想定していた以上の速度でこちらに爪を振りかざしてきたカーミの一撃を辛うじて剣で弾く。速度も威力も先程の一撃とは段違いでカウンターを放つ余裕はなく、受け止めるのが精一杯であった。


(……こいつ!強いぞ!本来の実力を隠していやがった!下手すれば護衛軍に匹敵するレベルの手練だ!)


 次の一手を考える余裕がなかったため、咄嗟に距離を取るため爪を強く剣で弾いて後ろに飛び退く。即座にカーミの追撃が来ない事を確認しオルリアとフウカの様子を確認する。自分と同じく動揺した様子で二人が口々に叫ぶ。


「嘘でしょ!?……さっきとまるで違う!肌が刃を通さない!」


 オルリアが叫ぶとほぼ同時にフウカの声が響く。


「……くっ!素手での一撃は通らぬかっ!」


 トーサと対峙した二人のやり取り、そして自身の受けた先程の攻撃で確信する。


「……人語をここまで自在に話せる時点でそうだろうとは思っていたが間違いないな。お前たち……『祝福(ギフト)』の使い手だな」


 自分の問いにカーミが口を開く。


「あぁ。人間の間ではどのような呼び名かは分からないがな。いかにも我々は『硬質化』の特性を持ち合わせているよ」


 自分に先程の一撃を放った右腕部分だけをどす黒く色を変えたカーミが答えた。


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